⑲【ホラーとミステリーの小冊子】

 それはとある夜のこと。

 夕方から降り出した豪雨と雷により、付近一帯が停電した。

 もちろん家の中はすっかり暗闇に侵され、唯一の明かりは今のテーブルに置かれた一本のロウソクだけだった……


   ○


 この時家にいたのは、私と妻の『かな子』。

 すぐ近くに住んでいる結婚したばかりの娘『三奈』とそのダンナの『コモリ君』。


 娘夫婦はたまたま遊びに来ていたのだが、この雷雨が収まるまで滞在する予定だった。

 が、この停電。

 何かあっては困るからと、雨戸を閉めて回り、ろうそくを出したり、カセットコンロの用意なども手伝ってくれていた。


 ちなみに義母と義父の二人は温泉旅行に出かけて留守だった。


   ○


「なんだか、怪談でもしたくなる雰囲気だよね」

 となんだか嬉しそうにに三奈。

 ちなみに社会人3年生だが、まだまだ学生気分が抜けきらない。


「三奈ちゃんがホラー好きなのは分かるけどさ、こういう時にはさすがに不謹慎じゃない?」

 とコモリ君。彼もまた社会人3年生だが、だいぶ大人らしくなってきた。


「そういえば三奈はホラー映画好きだったわよね?」

「今も好きだよ。てか、こういう雰囲気で見るホラーがまた盛り上がっていいんだよね」


「電気、切れてるけどな」

 とコモリ君が冷静にツッコミを入れる。

「分かってるわよ、だから怪談なんかどうかなと思ってさ。よくやらなかった? みんなで集まって怖い話」


 私は首を振る。思い返せばそう言う機会はなかった気がする。

 どうやらそれは私だけではないようで、かな子もコモリ君もゆっくりと首を振っている。


   ○


「ねぇコモリ君、なんか持ちネタの怖い話とかないの?」

「ないよ。そんなの用意したことないし」


「でもミステリー好きじゃん」

「ミステリーとホラーは全然違うよ」


「えぇー。でも殺人とか怖い話とかあるんじゃない?」

「ミステリーの面白みってそこじゃないからなぁ」


   ○


 私とかな子はふんふん、と二人の話を聞いている。

 実は私もかな子も本を読むのが好きで、二人とも一時期ホラーにもミステリーにも嵌まった時期があったのだ。


 だからそんな二人の会話をなんとも楽しい気持ちで聞いていた。


   ○


「そこなのよね、ミステリーってさなんか難しいじゃん? いろいろ考えたり、覚えたりしなくちゃいけないし」

「そこが楽しいんだよ。逆にホラーってそこが単純なんだよね、要は怪談と同じで怖がらせたいだけだろ?」


「あ。ちょっと嫌味? それ嫌味?」

「いや、そうじゃないけどさ。それはもう趣味嗜好で人それぞれじゃない?」


「でた。ミステリー好きはそういう屁理屈が得意よね」

「論理的なだけだよ」


「論理じゃ人は感動できないと思うんだけどなぁ、へぇなるほど! コイツが犯人だったか! で終わりじゃない?」

「ホラーにだって感動はないだろ? うわ、ビックリした! 怖かった! とかそんなんじゃない?」


「違うんだよねぇ、恐怖に直面するとその人の人間性が現れるんだよ。それを自覚したうえでどう行動するか、そこに面白みがあるのよ」

「それならミステリーにもあるよ、犯行の動機が分かった時とか」


「それ分かるまでにモノすっごく分厚いページが必要だけどね」

「ホラーも同じだろ? 怪談なんてすぐ終わるのに、なんであんなに長いのかわけわかんないよ」


   ○


 なんだかだんだんと白熱している。

 三奈は淡々と話しているが、なんとなく怒りの導火線に火がついているのが分かる。

 たぶん大好きなホラーをバカにされている気がするのだろう。


 そしてコモリ君は知ってか知らずか挑発的な言葉でその導火線にせっせと息を吹きかけている。


 チラッとかな子に目をやると、目が合った。

 どうやら同じことを感じているようだ。


 そろそろ止めた方がいいかもしれない。


 しかしどうやって……


   ○


 しばし私は考える。


 ホラーといえばつまりは恐怖。

 ミステリーといえば要は謎。


 この二つ……考えてみれば日常生活にもじゅうぶんあふれているものなのだ。

 わざわざ本を読まなくても、手近で見つけられるものなのだ。


 と、そこで私は思いだす。

 つい最近も恐怖と謎を体験したばかりなのだ。


   ○


「三奈、そしてコモリ君。ホラーとミステリー、そんなに熱くならなくても身近にあるのだよ」


「なによ、父さん、急に?」


「お義父さん、それこそミステリーですね」


 私は机上で指をくみあわせ、二人の顔をゆっくりと眺める。

 ロウソクが瞬き、私の影を奇怪に躍らせる。


 雰囲気もバッチリ。


「……どれ、その二つがたっぷりつまった小さな本を見せてあげよう……」


「そんな本あるの?」

「お義父さんのおススメですね?」


   ○


 それから私はちょっと立ち上がり、会社のカバンをとってくる。

 内ポケットからその冊子を取り出し、そっと机の上に置く。


 それはカードよりも少し大きな、数ページしかない冊子。

 

「父さん、コレ?」

「これがどうかしたんですか?」


 その冊子、緑色を基調としたそれは私個人の銀行通帳だった。


「……あけてごらん……」


 わたしはそっとつぶやく。


「……最後のページの部分だ」


   ○


「うわぁぁぁ、コレ怖いわぁぁ!」


 と悲鳴を上げる三奈。


 そうだろう。残高はマイナスの7万円。

 マイナス限度額までギリギリの線なのだ。

 

 そう、私が一番怖いのだが、三奈もきっとこれの怖さを知っているハズ。


   ○


「これのどこにミステリーが?」


 とは冷静なコモリ君。


「最後から二行目、最後の引き落としをよく見てごらん?」

「えと。カード会社から7万円の引き落としがかかってますね」


「私はこのお金でなにを買ったのかよく覚えてないんだ。何か買ったか、あるいは課金したのか。まさにミステリーだ」


「たしかに……僕もそんな経験がありますね」


   ○


 そう。

 貯金通帳の中にはホラーもミステリーも含まれているのだ。


 しかもそれはもっとも身近な恐怖であり、謎でもある。

 お金が引き出せなくなる恐怖、間違った請求かもしれない、でもやっぱり自分で買っているかもしれないミステリー。


 風もないのにゆっくりとロウソクが揺れる。


 貯金通帳は静かに語り掛ける。

 あなたの日常生活には恐怖とミステリーが満ちているのだと。

    

「……あなたの貯金通帳、月末に見る勇気がありますか?」







   ○


「父さん、誰に向かって話してるのよ?」


「いや、架空の読者、的な?」


「それより、本物のホラーが始まりそうですよ?」


「なんだいコモリ君、君まで怖がらせようとして」


 と。背筋にゾクリと冷気が走る。

 本能的に感じる恐怖。


 これはヤバい感じだ。

 生命の危機を感じるほどの。


   ○


 と、ここで突然電気が復帰した。


 突然部屋にあふれる光の洪水。


 そして私は見た。


 妻のかな子のスリッパが私の後頭部に振り下ろされるのを!



 おわり

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