⑮【どんでん返しとその先にあるもの】
どうも最近は世間がギスギスしている。
もちろん例のウィルス騒ぎもそう、それに伴う買い占め騒動やら、なにやら。
○
「もうちょっと穏やかに暮らせないものかねぇ」
ボクはそう言いつつ、良く冷えたビールをグビリ。
今日の晩酌相手は娘婿のコモリ君だ。
コモリ君は仕事帰りのスーツ姿、引退したボクはチノパンにジャケットのチョイ悪オヤジ風だ。
○
ちなみに今夜は串揚げ屋さんに来ている。
お任せで頼むと、ストップをかけるまでいろいろ出してくれるお店だ。
「全くですねぇ、今朝なんか電車で咳しただけで睨まれましたよ」
「相手はサラリーマン?」
「ですね。スーツ姿で、僕よりは若かったですけど」
「まずいよね、社会人としてそう言う態度は」
○
なんて話しているとさっそく出てきました一串目。
まずはアスパラのベーコン巻。
これはポン酢かな。
薄目の衣がサクッと破れて、アスパラの甘みがあふれてくる。
追いかけてくるのはコショーの香りとベーコンのスモーキーな香り。
○
「うわ、これ、めちゃくちゃ旨いですね……」
コモリ君も嬉しそうだ。連れてきてよかった!
「だろう、まだまだ来るよ!」
二人で瓶ビールを注ぎ足しながら、またグビリ。
熱熱の揚げ物と、良く冷えたビール。もう最高だ。
○
「ですよね、最近はそういうやつ多いんですよ」
「まだ社会が分かってない証拠だね」
「でもそんなに若くはない感じでした。30代半ばくらいでしたかね」
「歳は関係ないよ。若くたって分かってるやつもいるし、いくつになっても学ばない人間もいる」
「そんなもんですかね?」
「ああ。例えば今の話だけど……」
コモリ君がグイッと身を寄せてきたが、ここで二串目が到着。
○
次は定番の豚バラと玉ねぎ!
ここはもちろん特製のソースがベストだろう。
「まずは食べよう。せっかくの料理が冷めてしまう」
「ちなみにウチの上司は料理が運ばれから長々話し出すタイプなんですよ、だからみんな冷めちゃって」
「それは料理の楽しみ方を知らないからだな。かわいそうに」
「お! これは美味しいですねぇ、玉ねぎの甘みと肉のうまみがすごいです」
うんうん。
串揚げの定番はやっぱりコレだ。
○
「ところでさっきの話ですけど?」
「おお、そうだった。たとえば今日、睨んだ相手が、キミの会社に商談に来たらどうする?」
「まぁ第一印象は最悪ですね。それに向こうも気まずいだろうし」
「コモリ君は優しいね、相手のことまで気遣って」
○
それからボクはサービスのキャベツの葉をかじる。
油モノとキャベツ、これもまた最高の組み合わせなのだ。
トンカツとキャベツの千切りがいい例だ。
コモリ君も真似して一口かじり、驚いたようにボクをみる。
「うまいですね、ただのキャベツなのに」
「だろう。そのサラリーマンが知らないのは、ビジネスというのはあくまで人対人であるという事、そして人の縁はどこでつながっているか分からないという事なんだ」
「なるほど、言われてる見るとそうですね」
「それが社会ってものなんだよ。だからそれを知れば普段、誰に対しても礼儀正しく接する必要があるってことなんだよ」
「相手がキャベツだからと馬鹿にしないで、ってことですね」
コモリ君はパリッとキャベツをかじって深くうなずいた。
○
なんかズレている気もするけど、なんか分かったのならそれでもいいだろう。
と、今度は早くもエビが登場。
「エビは何のソースがいいでしょうね?」
「これを考えるのがまた楽しいんだよね。そうだな、私は塩でいってみようかな」
「さすがお義父さん、渋いですね。ボクはもう一度ソースで行きます」
二人それぞれのタレを絡め、ちょっと息を吹きかけ冷ましてからかじりつく。
サクサクの衣、ふわりと香るエビの香り、そしてプリッとした絶妙の歯ごたえ!
煮て良し焼いて良しのエビも、今は揚げるのが最高だと思う。
「うーん、このエビだけお代わりしたい!」
「それも出来るけど、まだまだ未知の味わいが続くよ!」
○
なんとも楽しい串揚げ屋さん!
それからホタテの大葉まき、牛フィレ、ささみチーズと次々に上がってくる。
そのたびにソースを選び、口の中をやけどしそうになりながらも、熱熱の素材の味を楽しむ。
そして揚げたての串揚げは素材も味つけも様々に、次から次へと皿に載せられる。
○
「ちなみにさっきの話ですけど、北乃さんにも経験があるんですか?」
「あるよ、ちょっとした『どんでん返し』の話がね」
「なんか面白そうですね」
「そんな大した話でもないんだ。それに嘘みたいな話だし」
「ますます聞きたいですね」
○
その前に、今度はレンコンのはさみ揚げ、それからカニ爪も出てきた。
カニなんか食べるのは久しぶりだ。一口サイズだけどなんか嬉しい。
二人でなんか笑顔になりつつ、さっそく揚げたてを頬張る。
味の余韻を楽しんだところでビールもまた一杯。
○
「昔、商社に勤めていた時があってね。その時、とあるホテルに客室用のチョコレートの売り込みをしていたんだ」
と、話し出したけど、なんかずいぶん懐かしい話だ。
でも当時はいろいろと必死に頑張っていたことを思い出す。
「その時に直属の上司でソリが合わない人がいてね。その時は、その上司と社長とボクの三人で商談に行ったんだ。で、そのホテルに向かう途中、とある駅で白い杖をついたおじいさんがいてね」
コモリ君は引きこまれるように、真剣な目でこっちを見ている。
「その老人が、その上司とぶつかってしまったんだね。そしたらその上司、チッて舌打ちして「気を付けろよ」って文句を言ったのさ」
「それを助けたのがお義父さんなんですね?」
「まぁね。あの上司の態度があんまりだったから、かわりに謝って目的地まで手を引いたんだよ」
「そういうとこ、北乃さん偉いですよね」
○
「偉くなんかないよ」
「でもなかなかそう言う勇気が出ません」
「簡単だよ。相手と同じくちょっと目を閉じてみればいいんだ。で、自分が人ごみの中でどれほど不安なのか感じればいい。そうすれば声をかけることぐらい簡単だよ」
次に運ばれ来たのは、衣が全面にしっかりとついていて中身が分からなかった。
ボクは目を閉じて、サクッとかじる。
この香りと独特の感触は……銀杏だ。実に美味しい。
○
「それで、どうなったんです?」
「ボクは結局商談に遅れたんだけど、そこにホテルの元支配人が現れたのさ」
「やっばりそれがさっきの老人だったんですね!」
「ああ。なんか嘘みたいな話だろう?」
「出来すぎですね」
「でもそれが人の縁というモノなんだとボクは思ったよ。商談はまとまり、その上司はあとでこっぴどく社長に怒られた」
「自業自得ですね。なんかドラマみたいです」
○
「でもね、コモリ君。そこで終わっちゃいけないのさ。その上司とだってまた縁があるんだよ」
「なかなかそうは思えないですけどね」
「その上司はその後、すっかり反省したけどね、会社にはいられなくなってしまった」
コモリ君は不思議そうにこっちを見ている。
まだちょっと理解できないのだろう。
「例えば今度は彼が別の形でボクの前に現れるかもしれない。その時、ボクはどんな顔すればいい?」
「なるほど。次は取引先の相手になっているかもしれない、そう言うことですね?」
○
「そう。だから大事なのはたとえ誰であっても相手には親切に、礼儀正しくしなさいということなのさ」
「お義父さん、今日はすごく勉強になりました」
「そうかい? お腹いっぱいになったかい?」
「はい。でも……」
コモリ君は急に声を潜めて囁いた。
「こんなに食べても大丈夫ですか? このお店、お高いんでしょ?」
なんかの通販のセリフのようだけど。
○
「それがそうでもないんだ。僕はね、とある縁でココではいつも半額で食べさせてもらってる」
「どういうことです?」
「さっき話した上司ね、今は独立してカウンターの向こうで大将をやってるんだよね」
「え? まさかあの人が?」
その大将はニコニコと笑い、デザートのごまアイスをカウンターに載せてくれる。
もちろん彼とはいい友達付き合いをしている。
この話も今ではすっかり二人の間の笑い話になっているのだ。
「まさか、そんなオチとは……」
「コモリ君、これが本当の大どんでん返し、ってやつさ」
終わり
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