森と巫女の年代記
Dice No.11
第1話 00
00
暗い森に赤黒い幹が天を引き裂くが如く大樹がそそり立っている。
人はおろか獣ですら滅多に寄り付かぬ怖ろしき森として知られるこの地へと追い立てられた者達が、最後の望みとすがり付くように住み始めたのが始まりである。
森の陰に寄り添うような肥沃な大地へと穀物を植え、黄金の実りに感謝し人々は安堵した。
しかしそれは束の間のことで、森は無慈悲であった。
麦の穂は黄金に輝きこうべを垂れ、まるで太陽への感謝を表していくようだ。
村人たちは鎌で麦を刈り倒し、まとめては運び出す。
風の流れを地上に映していた麦は削り取られ、寂し気な麦の残滓の残る大地が顔をのぞかせてゆく。
この地へ最後の望みを託し報われた喜びを噛みしめ、来たる収穫祭の様子を思い描く。
怖ろしい森の伝説は杞憂であったのだろうか、もはや誰も彼も満たされた心からこぼれ落ちていた。
役割を終えた案山子にやたらたかる烏を見つけ、追い払い案山子を見て恐怖に震える。
それは赤い枝に串刺しにされた村人の姿であった。
赤い枝は大地から突き出し、人を下から突き刺し絡みつき、時に血管のように体を這いまわっていた。
血の気はなく全てが吸い尽くされ、残るは苦悶と恐怖だけが浮かび上がっていた。
見た者は慄いたが目を離すことができずにいた。
なぜなら未だ死を迎えていなかったからだ。
死の安らぎもなくひたすら絞りつくされ、それでいて生かされている。
見る者の正気を削り、狂気に蝕まれ走り出した。
救いはなかった。
あれはいつ死ねるのだろう。
おれはいつそうなるのだろう。
狂気の叫びをあげ、狂乱して走り出す。瞬く間に全ての者が知った。
翌年には子供をもうける余裕もできるかという喜びの最中に希望が奪われたのだ。
犠牲が一人で済むという保証はないだろう。
かといって、今更移り住む余裕もあてもあるまい。
村人たちは狂気の選択を行った。
恐るべき上古の大樹に意志があるのなら、取引ができないかと。
座して死を待つなら、犠牲を選び捧げ生贄とすることを考えた。
長老と村長は一人の少女を選び出した。
少女は何も知らされず、収穫祭の巫女として扱われた。
翌日の収穫祭は異様な雰囲気に包まれ、村人たちは嘆きと悲しみと哀れみに震えた。
少女は村人の願いを背負い何も知らぬ己の役割が寿がれていると信じていた。
収穫祭の最後に少女は森へと踏み込んでいく。
普段なら許されない森へと。
今日は特別な収穫祭の日なのだから。
貴方は特別な収穫祭の巫女なのだから。
長老と村長は大樹に呼びかけた。
畏くも尊き上古の大樹よ。
我ら御身の慰めに巫女を捧げる。
この地へ安住することを許したまえ。
我らに憐れみを。この娘に慈悲を。
巫女は大樹へと歩みだす。
穢れなき祈りを胸に。
大樹へ祈るように縋り付く。
枝が巫女に絡みつき大樹へと巻き付ける。
長老と村長は受領した証と受け取り、村へと帰っていく。
巫女には大樹に寄り添うように言い聞かせ、いつまでとは言わずに。
大樹は巫女を余すことなく弄り撫でまわした。
温かい、貪るのとは違う感触だ。
甘美だ、恐怖とは異なる味わいだ。
お前は何故そうなのだ。
お前の持っているそれは何なのだ。
何処にある。それか。
大樹は巫女の目を奪った。
これは良いな。良いぞ。
お前は我が虜、その温かさのある限り。
お前は我が贄、甘美な味わいのある限り。
愛いな。飽きるまで眺めよう。
串刺しにされた村人は漸くして死を許された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます