ex もう一つのトラウマ

 骸骨の幻覚を倒してから一拍の間を空けて、再び観覧席から歓声が上がる。

 そしてその歓声を浴びながら小さくガッツポーズしたアリサに、再び試験官とスタッフが近寄ってくる。


 それから再び驚かれて褒められて。

 そしてその次へ進むか否かの確認。

 最後のテストを受けるかどうかの問いを試験官に投げられる。


「まああれだけの実力を出して此処に立っているんだ。受けるんだろ? 最後のテスト」


「はい、よろしくお願いします」


「手は抜かないけどさ、応援してるよ。じゃあ後、コールよろしく」


「あ、はい。えー、では次。これが最後になります。SSランクのテストの方、実施していきたいとおもいまーす!」


 ギルドのスタッフがそう宣言すると、それに合わせて再び歓声が沸く。

 どうやら観覧席で見ている他の冒険者達も、この戦いを最後まで見物したいらしい。

 当然そうやって良い意味で注目を浴びるのは悪い気はしないのだけれど、改めて集中するとそうした声は静かに耳に入らなくなって。


 良い所を見せたい。

 見ていてほしい。


 そう思う人達の声援だけが聞こえてくる。


(……よし、これで最後)


 後一回。

 後一回その声援に答えて笑って帰ろう。

 例え失敗しても優しく出迎えてくれるだろうけれど、それでもできれば勝って帰る。


 そのつもりでナイフと小太刀を構えた。


 そしてやがて、最後の敵が出現する。


「……ッ」


 その最後の相手に、僅かに体が震えた。

 ……神樹の森で対峙した思い出したくもない相手と比べればまだマシだけれど、それでも自分にとってはトラウマに近いような相手。


 ドラゴン。


 そこから呼び起こされる記憶は十分にトラウマと言っても良い物だ。

 以前クルージには軽く話した事がある。

 Fランクの薬草採取の依頼を受けた時に、明らかに生息地の違うSSランクの討伐依頼に出てくるようなドラゴンが出現した。

 それを不運スキルの効力の所為で今よりもまともに動けない状況で一人で相手をしなくてはならなくなって、なんとか追い返したけど死にかけた。

 そんな経験。


 厳密に言えばその時のドラゴンとは姿も大きさも違うのだけれど、それでもトラウマを呼び起こすのには十分だ。

 ……だけどこの程度なら、乗り越えられる。

 乗り越えなければならない。

 そう考えながら神経を研ぎ澄ます。


 もし。

 もしもだ。


 これから四人で仕事をしていて、あの時と同じような状況に陥ったら。

 その時、自分と同じような目にクルージ達を合わせたくないから。


 だから此処は乗り越える。

 この先起きるもしもの時も乗り越えられるように。


 小さく深呼吸して・


(……よし!)


 勢いよく地面を蹴りドラゴンに向けて一気に距離を詰めた。

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