67 親友についての話

 その日の夜、就寝前。


「馬鹿かお前さっさと寝ろよ」


「とはいえお前……焦るだろ普通に。もう少し読むから返してくれ」


 夜、グレンの部屋にて魔術教本を奪い取られた俺はそう言ってグレンに返却を求めたが、グレンは頑なに返そうとせずに言う。


「一日二日じゃ普通は人間は大して変われねえんだ。大事なのは積み重ねだ積み重ね。そんで一日二日休んだ位で駄目になる程雑でもねえだろ。こんなもん頭詰め込む暇あったら休めお前は」


「いや、でも……一時間。一時間だけな」


「いや、俺には分かるぞ。こんな状態でもそういう事をやりだしたんなら、多分お前寝落ちするまでやるだろ」


「……」


 否定できない。もしかしたらそうするかもしれない。


「とにかくお前はもう寝ろ。体調の事もそうだが、怪我してる上に寝不足とか仕事に臨むコンディション的な意味でも最悪だからな」


「それ言われるとぐうの音も出ねぇ……」


「なら寝ろ……まあ、気持ちは分かるけどな」


 そんな訳で今日の魔術の勉強はここまで。

 まあ冷静に考えれば妥当な判断だと思う。


 ……だけど寝る前に、グレンには一つ話しておきたい事があって。

 とりあえずそれだけは話しておこうと思った。


「……なあ、グレン。寝る前に、一ついいか?」


「どうした?」


「こう……なんて言ったらいいのか分からねえけど……お前、今まで大丈夫だったか?」


「大丈夫って何がだよ」


「ほら、お前は……俺の味方してくれてるわけじゃん」


「それがどうかしたか?」


「いや……まあ俺の村での評判は最悪な訳だろ。その味方をお前はしてくれているわけで……」


「俺が白い目向けられてねえかって話か?」


「……まあ、そんな感じ」


「それなら心配すんな。それなりにまともに思われてるから俺が代表して依頼しに行ってんだろうが。だから俺の方は何の問題もねえよ」


「……」


 俺にグレン程の洞察力はない。

 無いけれど、それでも親友が明確に嘘を吐いている事位は分かって。


「……問題あるんだろ」


「……まあな」


 見透かされた事を察して諦めたように、グレンは一拍空けてから言う。


「実際今までは何の問題も無かったさ……だけどまあ、俺の事あんまり良く見てねえというか見なくなった連中も居るって事はリーナと買い出し行ってるときに分かった」


「何かされたのか?」


「されてねえよ。今になって分かる程度の変化だしリーナも居た。だからそういう視線を向けられたってだけだ」


 ……向けられただけ。そしてグレン程察しのいい奴が今日ようやく気付けたという事は、少なくとも俺をこの村に連れてきたこの一件の前は、表に出てこない程度のヘイトしか溜まっていなかったのだろう。

 だけど向けられ始めている。何の非も無い筈のグレンにだ。


「別にいずれこうなるのは分かってたんだ、お前が気にするような事じゃねえ……で、それがどうしたよ」


「率直に言うと心配なんだよ」


「気にしまくってんな……まあそれはありがてえ事だが」


 グレンはそう言った後、一呼吸置いてから言う。


「でもまあほんと、あんまり気にすんな。どうせじきにこの村からは出る予定なんだからよ」


「……それ、なんだけどさ」


 少し考えていた事があった。

 リーナの話をしていた時、グレンは自分が何かを言えるような立場ではないと言っていたけれど、俺はなんとなくそれに違和感を感じていて。そういう立場であってもおかしくないと思っていて。

 だから多分俺は王都で再会したグレンの事を依頼主というよりは、これから一緒に仕事をする仲間のような、そんな感覚でいたのだと思う。

 そう思っていたから。

 そしてこの村の人間は殆どが碌でもない連中で、グレンにもその碌でもなさが向いてしまっているのなら。それが心配なのだとすれば……浮かんでくる。

 色々な条件を考慮しても、決して悪くない筈の一つの案が。

 そうなってくれれば嬉しいような、そんな案が。

 それを俺はグレンに言う。


「村出る予定早めてさ、残りの開業資金冒険者やって稼がねえか? 俺達とパーティー組んでさ」


 そんな、四人目の勧誘を。

 

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