40 抱えた物 上

「しばらくはゆっくり休んでもらうつもりだったんだけどな……くそ、来やがった」


 グレンが面倒臭そうな顔でそう言ったのを見て、アリサが聞いてくる。


「クルージさん。もしかして今の鐘って」


「ああ。この村じゃ何かがあったら今の鐘がなる事になってる。まあ警報みたいなもんだな」


 で、今鐘が鳴ったという事はだ。


「つまり十中八九出やがったんだよ魔獣が」


「なるほど」


 そう言って今すぐにでも戦いに行けるようにと、アリサはナイフを手にするように腰に手を伸ばすが空を切る。

 当然だ。だってそこに何もないから。


「あれ? ……あ、しまったボクさっきの部屋にナイフ忘れてきてます!」


「ならすぐに取りに行くっすよ!」


「はい!」


 そう言ってアリサは先程の客間に向けて走り出す。何故リーナも一緒に付いていったのかは分からない。行く意味ないよねお前。


「つーかアリサは素手でも強そうだよなぁ」


「絶対強いだろ。俺ら二人掛かりでも手も足も出ないんじゃねえか?」


「でないだろうな」


 あんまり言いたくねえけど、マジで出ねえだろうなぁ。目にも止まらぬ速さで顎とかに的確に攻撃喰らわせてきそう。

 ……いや、まあそもそも手も足も出す様な状況には絶対にならないし、なっても出すつもりなんてないけれども。

 そんな事を考えながら苦笑いを浮かべるけれども、まあ本当にそれは考えても仕方がない事で。これから改善していくべき事で。


「でないけど仲間が強いってのはありがたい事だしさ、この依頼だって俺一人じゃこなせねえ。アリサと……まあ、リーナのサポートのおかげでやれる。ポジティブに考えようポジティブに」


「……まあ、そうだな。お前も追い付かなきゃだけど、絶対に悪いことじゃねえんだよなお前ら。相性もよさそうだし」


 だけどそう言ったグレンは険しい表情で言う。


「……でも、だからこそそんな連中の初仕事がこんなクソみてえな仕事ってのはほんと……なぁ」


「……クソみてえなんて言うなよ。一応やろうって意思の元で受けたんだしさ」


「……その意思はまだ変わる事なく残っているか?」


 突然聞かれたその問いに思わず言葉を詰まらせるが、それでも答える。


「……残ってるよ」


「即答できねえ辺り微妙なとこだな正直」


 グレンは一拍空けてから言う。


「お前の動機は昔優しかった連中への恩返しと……まあ、お前の話から察するに罪滅ぼしみてえなもんだろ」


「……まあな」


 ほぼその通りだ。

 そして俺が頷いたのを見てグレンは言う。


「で、まあ罪滅ぼしっつうのは半分自分の為みてえな所あるだろ? 罪滅ぼしをしなきゃいけないっていう感情からの解放を目指す。そういうところ、ある筈だ」


「……おう。それはあると思う」


 否定はしない。できる訳がない。

 実際グレンの言う通り、そういった要素が含まれているのは間違いないんだ。

 何しろ俺は自分本位な人間だから。一体それがどの位の割合を占めているのかは分からないが、そう言った部分があるのは否定できない。

 そしてそれを二つ返事で認めた俺にグレンは言う。


「だろうな。だけどなお前には確かに戦う理由は残ってるんだろうよ。だけどもうその大半は減退しててもおかしくねえ」


「……?」


「罪滅ぼしの半分はお前の中で折り合い付ける話だ。だけどな……俺の問いに即答できなくなってる時点で、村の連中へ向けてる感情はだいぶ揺らいでる。それはつまり残り半分は恩返しに向けた感情と一緒に無くなりかけてんだ……多分、お前の意思は王都で依頼を受けた時からもう随分と変わっている筈だ」


「……随分と決め付けてくんなオイ」


「そりゃ決めつけるだろ。お前のメンタルが別に強くねえ事は知ってる」


「……」


 何も言い返せなかった。

 確かにグレンの言っている事は正しいのかもしれない。

 向けられた視線も言葉も酷く重い。ストレスで胃は痛くなるし頭だって痛い。

 間違いなくこの村は今俺に激しいストレスを加えてきていて、そしてその人達が俺が助けたいと思っていた。罪滅ぼしをしたいと思っていた人達だ。

 ……だけど、それでも。


「……まあ、だとしてもさ。即答できなくても答えられたなら、まだ変わりきってはいないだろ」


「……まあ、そうだろうな」


 だけど、とグレンは言う。


「それでもだとしても、お前はもうちょっと位は躊躇いみてえなものを見せたっていい筈だ。それをお前は見せない。王都を出た時と同じようなスタンスで動こうとしている。正直言っちゃ悪いが無茶苦茶だよ」


「……」


「なあ、クルージ。正直に答えろ」


 そしてグレンは問いかけてくる。


「お前、恩返しと罪滅ぼし。それ以外にまだ何か……馬鹿みたいにデカイ何か、抱え込んでんじゃねえのか?」


 そんな俺自身良く分かっていないけど、確かにある筈の何かの事を。

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