10 ただキミを幸せにする為の物語

 そして約一週間の入院生活を、退屈せずに終える事ができた。

 その間で件の魔獣討伐の正式な報酬額が決まり、結果Sランクの報酬と同額が支払われる事となった。

 プラスちょっとした慰謝料。あと直接俺にでは無いけど入院費も。


「いやー無事一週間で退院できて良かったですね」


「まあギルドで依頼を受けられる様な状態になるまであと一週間近くは掛かると思うけどな」


「まあその期間はゆっくりしてましょうよ。Sランクの報酬だって入りましたし」


「だな」


 今回の場合、普通のSランクの依頼を受けた時と違って前準備に予算をそこまで割いていなかったりした事や、俺達が二人組な事。そして慰謝料。それらの要素を嚙合わせるとそこそこの金額が手元に残っている訳で、確かにしばらくはゆっくりしていても大丈夫そうだ。


 もっとも俺は今回大した事をやっていなくて。大半はアリサのお手柄で。

 俺にそこそこの金額が残っているのは間違いな気がしなくもないんだけど。

 ……8:2位で分けようと思ったんだけど受け取ってくれなかったんだよな。頑なに半分だって。二人で成功した依頼なんだってアリサの意思が曲がらなかったから。


 ……まあとにかく、そういう事があってまだ時間は空いている。


 そしてこの空いた時間を利用してやっておかなければならない事がある。


「で、アリサ。この後昼飯食いに行く話になってたけど、その前に行きたい所あるんだけど行っていいかな? アレだったら一人で行くけど」」


「ん? まあいいですし付いていきますけど……どこ行くんですか?」


「墓参り」




 俺が入院している間、二十歳程の一人の男が俺の病室にやってきた。

 初対面。俺は向こうの事を知らないが、どうやら向こうは俺の事を知っているらしい。


「クルージさんで……間違いないですね」


「ああ、そうだけど……アンタは?」


「あなたが抜けた穴に入った新参、とでも言えばいいでしょうか。ああ、一応名前はルークって言います。別に覚えなくてもいいですよ」


 俺が抜けた穴。

 新参。

 それだけでなんとなく察する事が出来た。


「アレックスの新しい仲間か」


「はい。そうなりますね。アナタをパーティーから外した後、アレックスさんは俺を勧誘してきましてね。あ、これ見舞い品のお菓子です」


「あ、どうも」


 とりあえずそれを受け取ってから、ルークに問いかける。


「で、どうした。なんで態々俺の病室に来たんだ?」


「そうですね……あなたにはもうどうでもいい事かもしれませんが……アレックスさん達が亡くなりました」


「……は?」


 予想外の言葉が飛んできて思わずそんな声が出てくる。

 そしてルークは言葉を続ける。


「今回俺達はSランクの依頼を受けました。そして……まあ、なんていうんですかね。普通に失敗したんです。生き残ったのは俺だけでした」


 そして一拍空けてから、ルークは言う。


「それで……アレックスさんが亡くなる間際に、あなたに向けた伝言を預かりまして。今日はそれを伝えに来たんです」


「伝言?」


「悪かった。俺達はお前のおかげで攻略できてたんだって」


「……ッ」


「あなたが人の運気を吸い取ると最初アレックスさん達は言っていました。だけどあなたを抜いてSランクの依頼を受けて気付いた様です。自分達がアナタのスキルのおかげで辛うじてSランクの依頼をクリアできていた事に」


 そしてルークは言う。


「実際彼らの動きを見て分かりましたよ。余程運が良く無ければSランクの依頼をこなすことなんてできない。現状適正ランクはAランクという様な、そういう人達でした」


 だから、とルークは言う。


「あなたは決して疫病神ではなかったという訳です。それもアレックスさんから伝える様に言われました」


 そしてそう言った男は立ち上がりながら言う。


「この前から広まっていた悪評も、そういう事もあり今じゃ殆ど無くなっています。だから今、あなたとパーティを組みたい人はギルド内に大勢いる。どうです? よければ俺とパーティーを組みませんか? 一応俺はこう見えてSランクの依頼をこなす俗に言う上位の冒険者なんです。組めば上、目指せますよ」


「……いや、断るよ」


 俺は静かにルークの誘いを断った。


「もう既にパーティーは組んでるし」


「……そうでしたね。その辺もギルドで噂になっていたので知ってます」


 そしてルークは言う。


「アリサという不幸少女とパーティーを組めるのはあなただけです。そしてそこに入りこんだとして、あなたから得た幸運をアリサから得る不幸で相殺してしまえばなんの意味もない」


 それに、とルークは言う。


「引き離してしまうのも酷でしょう」


「……アンタ良い奴だな」


「どうでしょう」


 ルークは言う。


「あまり良い奴でないから傍観していたんでしょう。あの少女の事も。あなたの事も」


「……」


「ではこれで。いずれ幸運とか不幸とかそういう事関係なく仕事ができる日がくればいいですね」


 そういう事を言い残してルークは病室を後にした。


 まあ、とにかく。そういう訪問があった。




 だから俺は墓参りに来ている。

 アレックス達の墓参りだ。


「どうして墓参りなんてするんですか? 最後は確かにクルージさんの事を認めたのかもしれないですけど、それでもこの人達はクルージさんを無理矢理追いだしたんですよ」


「……ま、それも最終的な話なんだよ。最後はそうだったかもしれないけれど、それだけで物事は見れないからさ」


 俺は一拍明けてから言う。


「お前のおかげで俺のスキルがどういうものか証明できた。だけどな、お前と出会う前は俺も、アレックスを含めた他の連中も皆、この力を真剣に人の運気を吸い取る力だって思ってたんだ」


 そしてアレックス達といた時の事を思い返す。


「それにさ、コイツら本当にいい思いなんて一度もしてないんだよ」


「……」


「そりゃ結果的に俺のスキルで助けていたかもしれない。だけどアイツらの前に映っていたのは不幸そのものだった。体感的には。主観的には。ろくでもない事しか起きていなかったんだ」


 だから、本当は。


「本当はもっと早い段階で追いだされてもおかしく無かったんだ。もっと早い段階から悪評振り撒かれててもおかしくなかったんだ。それでもさ……我慢の限界が来たあの日まで俺をパーティーに入れていてくれたんだよアイツらは。最初の一回二回で俺の能力が運気を吸い取る能力だって思っていた筈なのに……最後の日だってさ、始まる前は少しだけ苦い顔はしていたかもしれないけれど、頑張ろうなって言ってくれたんだ……コイツら死んでいいような悪い奴らじゃなかったんだよ」


 だから、最後はあんな事になっちまったけど……俺はコイツらを弔わないといけない。

 だから……そうしてからじゃないと、俺はちゃんと前を向いて進めない。


「……悪いな、こんな事に付き合わせて」


「いえ、いいんです」


 アリサは一歩後ろからそう言う。

 ……そろそろ本当にこんな事に付き合わせるのも酷か。


 そして俺は最後に墓に向けて心中で言う。


 ……ありがとな、アレックス。お前があの時俺を誘ってくれたから。今の俺が此処にいるんだ。

 そんなお前らに短い時間だけでも力になれたのなら、本当によかったよ。


 ……じゃあ今日はもう行くよ。また来る。


 それだけ行って踵を返した。


「じゃあ行くか、アリサ」


「はい」


 そうして俺達は墓地を後にした。

 願わくば次に来るときも、墓参りとして此処に来れる様にと願いながら。




 そして墓参りを終えた俺達は昼食へと向かう事にした。


「で、どこ行くよ」


「そうですね……なんか目に付いた所に適当に入ってみます?」


「あ、それいいかもな」


 そんな会話をしながら俺達は二人で歩く。

 王都に始めて来た時は。冒険者になりたての頃は、想像もしなかった光景だ。

 そしてどこかできっと、望んでいた筈の光景だ。


 誰かとごく当たり前の日常を過ごせる様な、そんな日々。


 俺はこの、まだ始まったばかりの日々がずっと続けばいいなって思う。

 これはそういう物語。


 俺達が幸せになるための。

 命に代えてもアリサを幸せにする為の物語。

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