【22話】尾行者
ガイオン王国、港町レビエーラ。
冒険者で賑わうその街は、海を隔てた他国との交流が盛んな王国の伯爵領である。
レビエーラには他国の小国から大国の客人、果ては魔大陸からの密航者が流れ着く王国の重要拠点ではあるが、その内の魔大陸についてはこの大陸の人々の認識にない。
滅多に発見例の無い魔族の活動など、人々にとってはどこか遠い国の物語り程度の認識なのだ。
レビエーラで活動する裏の情報に精通した組織内の者でも、魔大陸の港町オリュンがこの海の向こう側にあり、もしかしたら人知れず潜り込んできているかもしれない、……くらいの噂話。
そもそもこの国で魔族などが発見されれば、すぐに冒険者組合から討伐隊が組まれ、魔族一人に対し複数のパーティーが偵察に出るレベルだ。
可能ならばその場で討伐し、それが不可能だと判断されれば軍が出動する。
つまり魔族とはそれほどの脅威であり、かつ滅多に姿を現さない種族なのだ。
だが現実には年間少数の魔族がこの国を基点に侵入し、活動を行っている。
ある者は技術者の獲得のために人々を港町オリュンへと拉致し、またある者はガイオン王国やその他周辺国家の調査、または攻撃。
彼らの行いや目的は様々だ。
しかし、なぜ人々はこうも彼らに気づかないのか。
その理由は姿を変える魔道具のせいでもあるし、彼らが少数であるからでもあるし、作戦の行動が徹底されているからでもあるが、一番の理由はこの大陸の人々に裏切り者がいるからである。
港町レビエーラは、そんな裏切り者たちの拠点の一つだ。
──☆☆☆──
港町に到着後、ここまで世話になった船長さんに別れを告げ、新天地へと侵入を果たした。
ええ、侵入ですよ侵入。
だって船長さんが持ってた身分証、全部偽物なんだもの。
俺達の場合は旅人ってことで、何日か滞在できる本物の身分証を数枚の銀貨で入手したけどね。
でもその本物ですら、船長さんの偽身分証が後ろ盾になってくれたおかげで発行できた、かなりグレーの代物だ。
冒険者組合や商人組合など、街にあるギルドに登録すればもっとしっかりした物が作れるらしいので、今日の目的はいずれかのギルドへの登録。
ちなみに貨幣に関しては、支度金として船長さんから数枚の銀貨と金貨をもらっている。
なんでも父さんが立て替えてくれるらしいので、もらっておけとの事だ。
こんな事をしなくても、色々と準備をしてきたのでなんとかなるのだが、せっかくの父の厚意という事で受け取っておくことにした。
お金の価値を日本円に直すと、恐らく銅貨が百円程度、銀貨は千円、金貨は一万円。
その上のお金もあるらしいが、まだ詳しい事はわからない。
「という訳で、さっそくギルドに向かいたい訳なんだけど……、はぁぁ」
盛大なため息を吐く。
この街についてから行き成りというか、なんというか。
さっそくトラブル発生である。
実は現在、ディー達二人は宿の手配や食料の買い出しに向かい、余った俺は活動しやすそうなギルドの調査をしているのだが、一人になった頃を見計らったタイミングで尾行する者が現れたのだ。
どこにでもいる、荒くれ者かなにかだろう。
そりゃあ見るからにガタイの良いディーと、魔法使いの証明である杖をもったサーニャを同時に相手にするより、まだ少年臭さが残る俺の方が狙い易いと思われてもしょうがないよ。
そこらへんに関してはまあ、文句はない。
俺が気にしているのは、明らかにレベルの低い尾行を続けてバレてないと思う、そんな奴らに侮られているやるせない気持ちだ。
あまりにも稚拙すぎて、感知を使うまでもない。
ぶっちゃけ、これ以上付きまとわれても迷惑なので、そろそろ姿を現してもらおう。
「出て来なよ、……俺に用があるんだよね」
「…………」
裏路地に入り、尾行者5名に対して呼びかけを行う。
すると出て来たのは忍者のような黒装束の男達四人で、それぞれが短剣を持って建物の屋根から飛び降りてきた。
あれっ、なんか思ってた荒くれ者と違う。
予想よりかなり怪しい奴らなんだけど。
というか残りの一人がまだ出てこないけど、どうしたの。
こいつらの仲間じゃないのかな。
すると、黒装束の一人が一歩前へ歩み出た。
「……私共の隠密を見破るその力量、そして殺気。やはり使者の方でしたか。しかし、奴隷の手配はまだ整っておりません。前任の方が来訪なされてからそれほど経っておりませんので、今しばらくお待ちくださればと」
「ん? どういう事だ?」
使者とか奴隷とか、急に何言ってるんだこいつら。
もしかして危ない薬とかで、頭が逝ってしまってる方々なのだろうか。
……衛兵さんに突き出した方が良さそう。
まだこの国の
「……ッ!! 申し訳ありませんッ! しかし最近、我々の周りではウロチョロと鼠が嗅ぎまわって──」
「いや、勝手に話を進めているとこ悪いけど、使者とか奴隷とか何のことかサッパリだ。あと恰好を見るに、結構危ない人たちなのかな? たぶん人違いだとは思うけど、喧嘩だったら相手になるよ」
「な、何ッ!? 貴様、まさか鼠の偽装かっ!?」
おおう、凄い驚いてる。
武器を抜いて、警戒態勢に入っちゃったよ。
やっぱり危ない人たちだったかぁ、凄い短気だ。
「おのれ、我々を謀ったばかりか、畏れ多くも使者を偽るとは、万死に値するッ!! お前ら、掛かれッ!」
リーダーっぽい男の命令で四人が一斉に襲い掛かってくるが、どれも大したスピードではない。
まさかこれが戦闘を生業にする者達の動きであるはずも無いし、予想通り頭のおかしい集団だったのだろう。
とはいえ、剣を抜いて切傷沙汰にするのも面倒なので、双剣を鞘に入れたまま【連撃】で気絶させることにする。
「【連撃】四の型」
「なっ、速い!? ──グフゥッ」
「お前らが遅いんだよ」
一度行ってみたかったセリフと共に、ドサリと四人の荒くれ者が地に伏せる。
だが思った以上に黒装束が弱く、何人かの骨を折ってしまったっぽいので、事件になる前にさっさと退散することにしよう。
まだ一人隠れてるけど、もう相手にしてる余裕がないな。
「じゃ、誰だか知らないけどバイバイッ! この人たち、手加減したから死んでないし、俺は悪くないから!」
それだけ言い残し、一目散に逃げ出した。
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