【閑話】グレイグの覚悟


 僕の名はグレイグ・アマイモン。

四天王と言われた王国最強の騎士、ウルベルト・アマイモンを父に持つ、アマイモン家長男。

その後継ぎさ。

ただ後継ぎといっても、僕にその資格があるかは甚だ疑問だけどね。


 そして先に結論から言わせてもらおう、僕の弟は天使だ。

それもただの天使ではない、うまく行けばあの国王陛下すらも凌ぐであろう、超弩級の天才だ。

こんな不敬な考えが陛下にバレた日には僕の命は風前の灯火だろうけど、……凌ぐという点では事実だろう。


 国王陛下と言えば、強力な固有技能ユニークスキルを所持し、その膨大な魔力は天をも揺るがすだろうと呼ばれている圧倒的な御方だ。

十数年前、僕がまだ生まれる前の頃に、他大陸から圧倒的な力を持った侵略者が現れた時も、四天王である父達や陛下自らが前線に立ち、ユゥシャだかソウ・サガワだかと呼ばれる敵リーダーを撃退したと聞く。

そのくらい凄い方であるのは間違いない。


 で、そんな絶大な魔力を持つ陛下すらも凌駕しかねない弟はというと、今は訓練に疲れたのかベルニーニ母さんの膝の上にちょこんと乗っかり、すやすやとお休み中だ。

……ああ、天使だ。

じゃなかった、そう、訓練だ。

まず訓練がおかしい。


 弟はまだ3歳ではあるが、既に戦士の基本にして奥儀とも呼ばれる【身体強化】を自由自在に操り、素の肉体能力はともかくその練度は僕よりも、遥かに高いのだ。

7歳も年上である、僕よりも遥かにだ。


 いくら父さんの血と、あの母さんの血が流れているといっても、まだ3歳。

僕がその歳の頃は訓練をするどころか、文字の読み書きを必死で勉強している段階だったのに、弟であるルーはそれを一瞬ですっとばして、もう腕立て伏せ500回とか言い出している。

普通に考えてそんな幼児はありえない、いくら種族的に優れているといってもだ。


 弟の力の底が知りたい僕は「なんだルー、もう終わりかい。弟は情けないなぁ!」なんて挑発してみた事もあるけど、実際のところまだまだ余力を隠し持っているように見えた。


 だが弟の一番おかしい所はそこじゃない。

本当にやばいのは、その知性にある。

ある日、「さて、そろそろ始めるか」とか言い始めた弟が最近近所の子供達と遊び始めたのだ。

最初は弟が子供達と適当に遊んでいるのかと思ったんだけど、どうやらそうではない。

どこで知ったのか、この国には無いような童話や神話のおはなしを近所の子供たちに語りはじめたと思ったら、文字の読み書き、計算を広め始めた。


 父さんから言わせれば、その童話や神話のおはなしには政略や軍略に通ずるような深い内容が散りばめられているらしいし、読み書きはもちろんの事、計算に至っては父さんでも分からない内容の高度なものらしい。

母さんですらやっと理解できるレベルだと聞いた時には、弟が本当は神様の使いなんじゃないかと錯覚したくらいだ。

……いや、錯覚ではないだろう、間違いなく我が家の天使だ。


 そんな色々とおかしい弟だが、心根は本当に素直な良い子だ。

訓練で父さんにボコボコにされ、自信を無くしそうな僕が凹んでいれば、すぐに応援の声がかかる。

固有技能ユニークスキルを発現した時にも天狗になる気配は皆無だったし、むしろ謙遜していた。


 だからこそ惜しい。

僕がアマイモン家の長男にならずに、彼がもう少し早く生まれていればと、何度も思った。

誰を当主にするのかの最終判断は父に委ねられるが、それでも普通は長男を据えるのがルールだ。

ならば長男として、兄として、その責務を果たさなければならないだろう。


 だが万が一、父が弟にも僕と変わらない愛情を注いでくれているのは分かるし、ありえないと思うが、もし次男だからと家から放逐してしまうような事があれば、僕は冷静ではいられないだろう。

絶対に勝てないとしても、父に剣を向ける事すらありえる。


 しかし、弟が自分の判断で出て行った場合は別だ。

僕はその選択を尊重するし、弟がやりたいと思った事には最後まで味方したい。

彼が愚かな選択をするとは思えないし、信じているからだ。

これは父さんと母さんも同じ気持ちだろう。


 だからこそ、やらなければならない事がある。

それは、強くなることだ。

たとえ才能で劣っていようと、なんだろうと、どんな手段を用いても強くなる。

いずれ将来、あの侵略者のような者たちがまた攻めてこようとも、父さんと母さん、そして弟は僕が必ず守り切って見せる。


 それがアマイモンの血を継いだ僕の、戦士としての覚悟だ。

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