第70話

「それで、話って?」


レイラと共に城内を歩いていると、レイラが聞いてきた。まあそりゃ、気になるだろうな。


「レイラ、テレポートはどの辺まで飛ばせれる?」


「えと、魔力を全部使えば、二人なら央都から十キロは離れれるよ」


予想以上だ。流石、“バーニングネオ”を操るだけのことはある。


「じゃあ、この国の少し離れたところまで頼む」


「ま、待って。何がしたいのか、説明してよ」


レイラが慌てて質問する。確かに、少し焦りすぎたかもしれない。


「わりぃ……今から、二人でヤマタノオロチのところに行く」


「……本気?」


「ああ。でも、ただの情報収集だ。戦うつもりは毛頭ない」


レイラが心配そうな目を俺に向ける。一瞬理由を探ってから、理解する。


「大丈夫だ。まだ完全に恐怖が抜けたわけじゃないけど……でも、どうせ戦わなきゃならないんだ」


「ヴィレルに提案したやつ、もう一度言ってみよ? ヤマタノオロチは無理だよ」


「無駄だよ。ヴィレルは、ただ倒したいだけじゃない。ほかに理由があるんだよ、ヤマタノオロチを倒したい、理由が」


“災厄として扱われる生活から、解放してやりたい”と、ヴィレルは言っていた。誰に宛てたものかは分からないが、間違いなくヴィレルの関係者だろう。


「俺も危険な戦いは出来る限り避けたい。でも、ヴィレルは俺に記憶はないけど、小さい頃からの知り合いだし、父さんと母さんの同僚だ。尊重もしたい。だから、その両方を叶えるために、情報を集めるんだ」


「……はぁ。レンが一度言い出したらやめないのは知ってるけど、何で私なの? 転移魔法なら、ヴィレルやミナも使えるし、それこそ魔力量も私の方が少ないんだよ?」


「わかってるよ。条件として一番当てはまったのがお前だったんだよ」


「……条件?」


「テレポートが使えるのと、あと……俺と連携が取りやすいかだ。俺とお前って、これでも一年以上の付き合いだからな……だから、お前にした。これでいいか?」


女子と連携が取りやすい、という状況に若干の気恥ずかしさを覚えるが、少し考えると他のメンバーも女子及び女性なのに気付き、気恥ずかしさを覚えたことを後悔した。


「ふーん……ヴィレルはともかく、ミナは?」


「あいつは……一緒にクエスト、数回しかしたことないからな。何ヶ月間かの付き合いではあるけど、お前の方が俺の指示を受け取りやすいだろう」


「確かに。私だったら、レンの微妙な指示も粗方分かるしね」


「微妙で悪かったな……でもまあ、そういう訳だ」


「分かった。じゃあ……ちゃんと守ってね。私、姿見れないんだから」


「ああ、勿論」


そして、俺たちは周囲に誰もいないのを確認してから、“テレポート”を使ってヴァンパレス城、並びにラキュールを後にした。



「それで、場所までどうやって行くの?」


「歩きだな。場所は気配で俺が察知するから、心配するな」


「歩きかぁ……」


レイラが嫌そうな顔をするが、仕方がない。その滝に行くには、テレポートの行き先に出来ない以上、歩くしか方法はないのだ。


「送りだけヴィレルに任せば良かったのに」


「……その手があったか」


確かに、ヴィレルならその滝に足を向けていてもおかしくない。今更だが、失敗した。


「まあ、私はいいけど。久しぶりにレンと二人きりだし」


言われてみればそうだな。最近はいつも俺とレイラ以外に、誰かがいた。最後に二人になったのは多分マレル村の見張りの時だろうが、その時もほんの数分だったしな。それに、ホーセス以降ではエルがずっといたし。


「それで、大体どのあたりなの?」


集中力を高めて、大きな気配を探る。起きていなければ元も子もないが。


そして、現在地から約八キロほど広げたところ、強力な気配がヒットした。間違いなく、これだろう。


「ラキュールの南門から、南に二キロの地点だな」


「じゃあ、南門に転移した方が……」


「手続きとかめんどくて」


頭を掻きながら答えると、レイラが溜息を吐いた。


「まあいいや。グダグダ言ってないで、さっさと行こ。このこと、誰も知らないんだから早く帰らないと心配かけちゃうし。誰にも言わなかったのって、意図あったの?」


「まあ、少人数で行きたかったのと、反対されるのを見越してだ。危険なことだから、反対する奴が一人──具体的にはミナ辺りが反対しそうだったからな」


「確かにねえ。よし、じゃあ行こうか。私も、出来る限りのことはするから」



ラキュールの城壁を南に迂回しだして、三十分は経った。南門が見え始めたから、今度は南向きに歩みを進める。


十数分ごとに気配を確認し、方向を修正する──これを何度か繰り返した頃、既に森に入っていた。広葉樹が頭上を覆い、空を見ることは叶わない。


今回確かめたいことは、主に二つだ。一つは、ヤマタノオロチがどのように攻撃──及び、どのように戦うのかの確認。もう一つは、姿の見えない人の攻撃が当たるのかである。


「っ!」


木に隠れて滝のある方を見やる。俺らの気配を察したのか、ここからは二つしか見えないが、ギラギラと輝く瞳が、こちらを見つめている。まだ攻撃の意図はないようだが、それも時間の問題か。


「……まず、この森を抜ける。そうしたら、滝までにちょっとした空間があるっぽいから、そこで戦う。俺が位置を指示するから、その位置にテレポートが城まで使える程度に魔力を残して、高火力の魔法を頼む」


「分かった……本当にいるの?」


「ああ……」


さっきから、小さく膝が震えている。一度は押し殺した恐怖も、その素を目の前にしてしまえば、ぶり返すのは当然だ。しかし、ここで恐れていては、本当の戦いの時に足手纏いになるだけだ。


「……行くぞっ!」


俺が姿を木の陰から晒すが、ヤマタノオロチは攻撃してこない。レイラも姿を見せる。しかし、結果は同様。


「……攻撃、してこない。レイラ、今のうちに詠唱しておいてくれ」


レイラが「うん」と頷いて詠唱を始める。光属性の初句だから、“ライトニングランス”あたりか。


八つの首がレイラに向く。同時に攻撃が行われたら、防ぎようがないが、真ん中の赤色の瞳の首が後ろに動いた。突進を仕掛けてくるのだろうか。


俺も背中の黒剣を抜き、大きく後ろに引く。“トルネードストライク”で攻撃をずらす作戦だ。一つだけの攻撃だからできるとこではあるが。


レイラの詠唱はまだ少しかかりそうだ。そして、ヤマタノオロチが動いた。俺も同時に、地面を蹴る。


「ラアァァッ‼︎」


恐怖を叫びで押し殺し、ヤマタノオロチの目の少し後ろを剣先が触れた。しかし、あまりの硬さに手に伝わった衝撃で、剣を取り落としそうになる。


レイラが一瞬目を見開いたが、俺はそれにも気付かない。しかし、攻撃は剣技の効果で、若干だがずらせて、レイラの少し左側の地面を抉──らなかった。あたかも、地面など存在しないかのように、突き刺さった。


「レン、終わったよ!」


「あの山の頂上を狙えっ!」


遠くに見える山を指差して、レイラに指示を出す。レイラには見えていないだろうが、その位置には黒い瞳をしたヤマタノオロチの頭の一つがある。


レイラが方向を調整し、そして、


「《ライトニングランス》っ‼︎」


光の槍がレイラの杖の先の黄色い魔法陣から飛び出し、その頭は避けもせずに、──ある意味で貫いた。


言ってしまえばすり抜けたのだ。そして、その黒い瞳の首が顎門を開き、口の中が黒い光に満たされてていき……


「レイラ、テレポートっ‼︎」


レイラが高速で詠唱をし、足下に魔方陣が現れた瞬間、ヤマタノオロチから黒い光線が放たれ──


「《テレポート》‼︎」


当たる直前、浮遊感に襲われた。

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