第71話

 レイラのテレポートがギリギリ間に合い、俺達は九死に一生を得た。しかし、得た情報は更に俺らを敗色濃厚に導くものとなってしまったが。


 レイラがテレポート先にしたのは、さっきまで俺が寝ていた部屋だ。運よく誰もいない。


「危なかった……」


「どうなったの?」


 レイラはヤマタノオロチの姿が見えないため、さっきのマジギリギリな状況だったことは知らない。


「いや、どうもなってないよ、生きてるんだから……でも、参ったな」


 レイラはヤマタノオロチの姿が見えないうちの一人だ。いや、実際は俺が見えるうちの一人、といった方が正しいのだろうが。そして、そのレイラにヤマタノオロチに向けて撃ってもらった魔法は、間違いなく当たったはずなのに、ダメージの一切を与えなかった。


「……とにかく、皆と情報を共有しよう」


「分かった。あの部屋に行けばいいのかな?」


「いや、俺らを探し回ってるみたいだ。城内からテレポートしたのがよかったのか、全員ここにいるみたいだけどな」


 城内からテレポートしたことにより、この城の看守とかその辺の人は俺らがこの城、および国を出たところを見ていない。だから、ヴィレルたちが看守に聞いて、俺らが城を出ていないと言われたから、城内を探し回っているのだろう。ミフィアが第六感を使えば話は早いのだろうが、使わなかったのだろうか。


「一人ずつ回って、その会議室的な部屋で待ってもらおう」


「了解」


 そして、俺らはヴィレルたちを集めるために城内を駆け回った。



「まったく、なんでそんな危険なことをしたんですかっ!? 言ってくれれば私が行きましたのにっ!」


「「ご、ごめんなさい……」」


 案の定というか、まあ予想通りに俺らはミナに怒られていた。周囲のみんなは、ミフィアを除いて全員が安堵と呆れの表情を浮かべている。ミフィアが微笑んでいるだけなのは、恐らく第六感を使って俺らがどこにいたのか、そして何をしていたのかを知っていたからだろう。


「まあよいではないか、生きておったのじゃから。それで、レン坊よ。情報は入ったのじゃろうな?」


「あ、ああ。でも、あまりありがたい情報じゃないぞ?」


「分かっておる。ヤマタノオロチの情報など、ありがたいものが入っておる方が不自然じゃ」


 ぴしっと言われ、心の中で俺らの努力は何だったんだよ、と文句を垂れるが、どんな情報だろうとないよりはましだ。


「俺の見たところでは、ヤマタノオロチに攻撃は当たらない。レイラの魔法は奴の体をすり抜けたからな。あと、これは俺の推測だけど、ヤマタノオロチは首ごとに瞳の色が違って、その色ごとに属性を持ってる可能性がある。それで、その属性に準じた光線的なものを放つんだと思う」


「ふむ……攻撃が当たらんのでは、どうにもならんな……」


 ヴィレルが考え込む。俺の斜め後ろに立つレイラは、何か思い悩んでいるような顔をしている。


「……あの、一ついい?」


「なんじゃ」


「えと、私、ヤマタノオロチの姿を見たの」


「……ほう」


 ヴィレルが目を細めてレイラの言葉を受け入れる。


「ほんの一瞬だったんだけど、レンがヤマタノオロチを攻撃した瞬間、そのタイミングだけ、姿が見れたの。すぐに見えなくなったけど……」


 俺が攻撃した……あの突進をずらすときか。でも、なんで俺が攻撃したら見えるんだよ……


 俺がそんなことを考えていると、まるでレイラの言葉を咀嚼でもしていたかのような顔をしていたヴィレルが、唐突に俺に視線を投げた。


「レン坊よ、風呂にでも入ってこい」


「……は?」


 俺は一瞬、他事を考えていたこともあり、そんな素っ頓狂な声を出した。それに、何故今頃風呂になど入らなければいけないのか、という疑問も。今の時間はまだ正午過ぎだ。どちらかと言えば昼飯の時間だし、俺は風呂には夜にしか入らない人間だ。


「よいから入れ。雇い主からの命令じゃ」


 そんな命令あるかよ……などと思いつつ、俺はそれに従い、会議室を後にして昨日教えてもらった風呂場へと向かった。



 この風呂はどうやら温泉らしい。濁り湯、とでも言えばいいのだろうか。白濁したお湯は、肌をすべすべにする効果でもあるらしい。俺にはどうでもいいことだが、今回の遠征は女子組が多い。まあ、ありがたいことではあるだろう。それに、俺も温泉はそこまで味わったことがない。だから、満喫するつもりではいる。


「とか考えてる場合じゃないな……俺の攻撃をヤマタノオロチに当てると、俺以外の奴にも見えるようになる。けど、それはほんの一瞬だけ……どういう原理なんだ」


 風呂に入ると俺は頭の回転が速くなる。なので、理由は分からないが風呂に無理やり入らされたのだから、有効活用する。温泉を味わうのはことが終わってからでもいい。生きていればの話だが。


 そもそも、俺が何故ヤマタノオロチを見ることができるのか。これが一番の問題点だろう。俺にあるものと言えば、あの伝説の剣士が作り方を残したと言われている黒剣と、何故か上がらないレベル、あと『暴走』くらいだ。他は特にないはずだ。


 そういえば、姿が見えないはずなのに、父さんはどうやってあの絵を描いたんだろうか。姿を予想して描いたにしてはかなり特徴をとらえているし、俺の目測ではあるが、ヤマタノオロチの胴体の直径は約二メートル、そして父さんのノートにも二メートルと書かれていたはずだ。見ないで予想したにしては、あてはまりすぎている節がある。もし父さんも見えていたのだとすれば、それは俺が姿を見れるのと関係が——


「あるやもしれんな」


「うわいてぇっ!?」


「騒がしいやつじゃ」


 突如かけられた声に驚いて湯船の縁に背中を打ち付けて悶える俺を呆れ顔で誰かが見下ろしていた。まあ、声で容易に判断はつくが。


「……何しに来たんだよ。俺が入ってるのは知ってるだろうが。あんたが送り込んだんだからな」


「別に良いじゃろうが。お主の裸など、何度も見ておる。覚えておらんじゃろうが、妾はお主の体を洗ったこともあるんじゃぞ」


 からかうような顔で俺を見つめる。相手にしていたらこっちの精神が持たないことを察し、とっとと要件を済ませてもらうことにした。


「……それで、俺を風呂に入れたのがあんたで、わざわざ覗きのためにそれをやったとは思えないんだけど」


 というか、思いたくない。なんか、「ほぅ、妾のからかいをスルーするか」などとか言ってるけど、それも無視しておこう。別に気をとがめてる様子はないし。


「お主を風呂に入れたのは、妾の直観じゃ。お主、風呂に入ると頭の回転が速くなる玉じゃろ」


「何故それを……っ!?」


 一瞬怖くなってしまった。俺の今までの旅をすべて見られていたんじゃないか、などと勘繰りを入れてしまうほどに。


「簡単な話じゃ。お主は顔立ちはほぼ母親——フィミル譲りじゃが、性格はまるでリューゼよりじゃ。あやつも考え事をするときにはよく風呂に入っておったから、お主もそうではないかと思っただけじゃ」


 思い出に耽るような顔をして、ヴィレルが語る。父さんが風呂に入って考え事をよくしていたのは母さんからよく聞かされていたが、まさかのそれで俺が風呂に入って考え事をする遺伝があるなどと勝手な予想をするとは……合ってるから何も言い返せないけど。


「はぁ……俺を風呂に入れた理由はよく分かった。それで、要件は何なんだ? 俺の頭の回転に関係するんだろ?」


「まあ、言うてしまえばお主の理解力を上げるために入れたんじゃ。この話は、ちとお主の心をえぐる可能性があるからの……心して聞くんじゃぞ?」


 俺の心をえぐる話……一体どんな話だろうか。


「お主が何故ヤマタノオロチが見えるのか……それは、リューゼのノートにあの絵があったことにも関係する」

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