第45話

 一日半かけて、なんとか全ての魔物を倒した。グリフォンにケルベロス、フェンリル、マンティコア、メデューサといった魔物の討伐は、やはり俺とエルだけでは、かなり困難を極めた。


 央都に着いた翌日の夜。今の時間はその辺だ。現在地はメデューサのいた遺跡。今更帰るのはめんどいし、エルだって疲れているので、今日はここに一泊することにした。


 外で集めてきた枝を燃やし、簡単に焚火を作って暖を取る。胡坐をかいた俺の膝の上に、エルが丸くなって乗ってきた。


「お疲れ。飯食うか?」


 ポーチの中を探り、エルの最近のお気に入りらしい、干し肉の入った麻袋を取り出す。もう一度探って、今度は俺の食料どうすっかなと呟く。その時だった。


「うお」


 急に流れた音楽に、軽く驚いてしまった。音楽……そんなもの持ってたかな……


「あぁ、スマホか」


 食料側から、それ以外用のポーチに手を入れ替え、長方形の薄っぺらい機械を取り出す。音楽が流れ、ぶるぶると震えている。


「えーと、確かここ……よし、ついた」


 電源をつけると、ウェルミンからメッセージが飛ばされてきていた。俺が知る由もないが、この世界に電波などはない。だから、何故繋がるのかは不明だ。


「なになに……『メデューサの目玉、即時頼む』」


 即時、と言われましても……まあ、目の前に死体が転がってはいるんだが。


「明日持っていくよっと」


 『明日持っていく』と送っておく。すると、数秒もしないうちに、返信が来る。つうか、早すぎじゃないですかね。


『え、そんな早くいけるの?』と書いてある。


『いけるも何も、今目の前に死体あるから』


『いや、冗談はやめてよ』


『いやマジで』


『……メデューサって結構強いし、滅多に出現しないんだよ? そこ理解してる?』


『うん、してる』


 確かに、今回俺が討伐した五体の魔物は、基本的に出現率がすごく低いのだ。特にメデューサは、三年に一回出現するかどうか、とまで言われているにもかかわらず、最後に討伐されたのがおよそ三か月前なのだ。つまり、いくらなんでも早すぎる。これも、魔王軍侵攻の影響というやつだろうか。


 てか、今更思ったけど、ウェルミンって文面上だとめちゃくちゃタメ口なのね。


『今日は遅いから、明日な。お休み』


『うん、おやすみ』


 そして、ウェルミンからの連絡は途切れた。行くのはいいけど、レイラ達のこと聞かれたらめんどくさいな……


「まあいいか。エル、今日は寝ようぜ」


 土魔法で火を消し、毛布を被って横になる。遺跡の中だから、一応雨風はそれなりに凌げるはずだ。



 翌朝、夜の間に特に何もなく、普通な目覚めだった。少し寂しさはあるが、あいつらにとっていいことなんだ、と言い聞かせる。


「さて、エル。飯食ったらプラコールまで飛ぶぞ」


 エルが鳴き返すのを聞いて、頷いてから朝食を作る作業に入る。と言っても、エルは昨日と同じ干し肉、俺は昨日の夜何故か食べるのを忘れていたので、適当に肉や野菜を使ったスープを作る。このくらいは、約一年の旅の中で、お手の物だ。


 朝食の後、俺らは少し乾燥しだしていたメデューサから目玉をくり抜き——念のため両目——、それを洗ってポーチに入れて、遺跡を後にした。


 数時間飛ぶと、プラコール村の惨状が目に入った。復興はほとんど進んでいないようで、まだクレーターはそのままだ。


 そのクレーターの端の方に着地する。どうやら今日は風が強く、旅の間一度も切らなかった髪が、強く暴れる。


「そろそろ切らないとな……そういや、レイラとミフィアは、髪の長さずっと一定だったな……自分でやってたのか」


 俺もやっておけばよかった、と、今更ながらに思う。


「お、いらっしゃいませレンさん」


「こっちでは敬語……統一しないの?」


「いや、文面だとタメ口の方が早いんですよ……あのお二人は?」


「央都だよ。騎士団の入団試験を受けてるところだ」


「……状況は何となく察せたので、聞かないでおきます」


「ありがと」


「取り敢えず入ってください。お茶でも出しましょうか?」


「そりゃ助かる。朝っぱらから飯食って即行飛んできたから、喉乾いてて」


「じゃあ、エル君のも出してあげなきゃですね。少し待っててください。お店の中の椅子にでも座っててください」


 了解、と返事をして、俺はエルを頭に乗せたまま武器屋レプラコーンに入る。その前に、俺らがウィンブルと戦った跡を見たが、やはりかなり酷い惨状だった。


 中に入ってしばらくすると、カウンターの奥の扉からウェルミンが姿を見せた。


「お待たせしました」


「サンキュ。これ、メデューサの目玉。武器の注文か何かか?」


「ありがとうございます……結構グロイ……いえ、次はこれを使った武器を作りたいな、と思ってたんです。なので、特に注文とかはありませんよ」


「へぇ。盾か何かか?」


「はい。“メデューサの盾”を作ろうと思いまして。敵を石化することができる、優れモノなんですよ?」


「なるほどな……でも、俺は盾は使わないからな。動きやすさ重視だしよ」


「でしょうね。一人——と一匹でのメデューサ討伐は疲れたでしょう? お風呂くらいなら沸かせますけど」


「実際もっといろいろ倒したんだけどな」


「そ、そうですか……ちなみに、何を?」


「えーと……グリフォンにマンティコア、ケルベロスにフェンリル、んでメデューサかな。結構きつかった」


「それでそんなにボロボロなんですね……一日頂ければ、修理できますよ?」


「じゃあ、頼む。央都のギルドへの報告は明日でいいか……今日一日、色々教えてくれないか? 鍛冶とか裁縫とか。これから先、何があるか分からないからさ。そういうスキル、少しくらいできるようになっておきたいんだ」


「そうですね……一日だと、少ししか教えれませんけど、それでもいいですか?」


「全然オッケーだ」


 そういうことで、風呂は夜にするとして、一日かけて色々教えてもらった。



 夜になり、泊めてもらうお礼として俺が作った夕食を二人と一匹で食べ、現在俺とエルが入浴中だ。


 体を洗い流し、一人はいるとギリギリな狭さの湯船に入る。流石鍛冶屋というべきだろうか、風呂までかなり立派である。狭いのは建物自体が小さいが故だろう。


「湯加減、どうですか?」


 浴場の外、脱衣所からウェルミンが話しかけてくる。魔力を使って沸かすらしいが、温度は大体四十度強くらいだろうか。


「ちょうどいいよ」


「ならよかったです。その、寝る場所なんですが……」


「売り場でも作業場でも、言ってくれたとこで寝るから、どこでもいいよ」


「し、しかしですね……お客様なわけですし……」


「いいから、寝る場所指定してくれよ」


「じゃ、じゃあ……同じ部屋でどうですか? 敷布団はありますし、私の部屋以外はお風呂とトイレ、作業場と売り場くらいですから……」


「……話聞いてた? 同じ部屋にならないようにする提案だったんだけど」


「そ、そうですけど……その、羨ましかったんですよ、皆さんの仲よさそうにしてるのが……」


 ああ、こいつあれだ。俺の周りによく現れる、一人で寂しい系の奴だ。ホント、俺の周り寂しい系多すぎだろ。レイラにミフィアにウェルミンに——女子ばっかだな。


「じゃあ、エル貸してやるよ。俺は売り場で寝る」


「……あなた、鈍感とか言われたことありません?」


「覚えがないな」


 別に俺のことが好きなわけじゃあるまいし。一人が寂しいなら、エルがいれば十分だろう。


「俺そろそろ出るから、部屋で待っててくれよ」


「……分かりました」


 少し声のトーンが落ちたウェルミンが、脱衣所から出ていく。さてと、俺もとっとと風呂を出て寝るとするか。

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