第38話
「どうもこうも……そこのガキにも言ったが、落とし前だ。お前のせいで俺はイラついててなぁ。それの解消ついでに、そのレイド級スライムを見逃したお前らにバツを与えようと思ってな」
右目の隠れた男が言うと、四人が揃って笑い出した。ミフィアが俺の横に立つ。
「レイラは……?」
「ぶじ……ぅく、も、きせぁ……」
「さんきゅ。じゃあ、すぐに指示を出すから、待っててくれ」
ミフィアが頷き、後ろに下がった。レイラが無事との報告を聞いて、俺はとりあえず安心した。
「にしてもコートのガキよォ。思ったよりも早く来たもんだなぁ」
「そうだな。それは、俺が第六感を持っているから……だな」
「はっ。お前みたいなガキが持ってるわけねぇだろ」
「言ってろ。後ろからスライムが三体寄ってきてることは分かってるんだよ。ミフィア、頼んだ」
俺がずっと前を見ていたのを知っている男達は、俺がそれを言い当てたことに驚く。しかし、すぐに余裕を取り戻す。
「どうせ、いまその奴隷のガキに聞いたんだろ。第六感なんか、お前が持ってるわけねぇよ」
まあ、そうなるわな。
「……どうせ信じないとは思ってたからいいけど……とりあえず、お前らには俺の仲間の命を危うくした罰、受けてもらおうか」
剣を右に水平に向ける。"ルミナスカリバー"の構えだ。しかし、このまま使えば、殺人罪で警団に捕えられる。しかし、さっき使った魔法を、他の用途──敵に使えばいい。恐怖を与えるにはちょうどいいからな。
「《プロテクション》」
敵に聞こえない、囁くような声で魔法を発動する。バフ魔法は、基本的に詠唱がいらないから楽だ。
そして、"ルミナスカリバー"を発動させる。
敵の数は四人。かわされる可能性もゼロではないが、まあ、除外しても問題はないだろう。だから、今回は必要最低限の四連撃で、この男たちを葬る。殺すわけではないが。
腰を落とし、地面を蹴る。まずは一番前にいるメイスを持った、ひげ面の男だ。簡単に水平斬りを与える。次に、その右後ろにいる短剣使いの優男。見た目は優男なのに、こんな集団に入るとは。どこで踏み間違えたんだか。こいつは、百八十度回転しながらの回転斬りをお見舞いする。
次に、その真横、ひげ面男の左後ろの斧使いの中太り。こいつは優男を斬った勢いそのまま、横っ飛びで斬る。
残る右目の隠れた刀使い。ここまで一秒——長くても二秒ほどしかかかっていない。刀使いも、どうやらまだ状況を理解していないらしい。そして、こいつには垂直斬りをお見舞いする。あらゆる斬撃の中で、一番ダメージ範囲が広い攻撃法だ。頭のてっぺんから刀使いの右足に掛けて、剣を振り降ろす。股間を通さなかったのは、俺のせめてもの優しさだ。
金色の輝きが収まった時には、四人の男は痛みに悶えて、地面に転がっていた。
「——もういいか」
レイラはもっと怖い思いをした。苦しみを味わった。この男たちへ与えた痛みと苦しみと恐怖は、俺からすればレイラの受けたそれより、まだ弱い。しかし、スライムを放置したのは事実俺達だ。それに、これ以上やっては警団に捕まっても文句は言えない。
「ミフィア、そっちはどうだ?」
「ぉわ、た……レイラ、も、もぅ、だぃ、じょぶ」
「そっか。ありがとな。レイラも、俺のとばっちりを受けさせたみたいで……ごめんな」
レイラは現在、ミフィアの肩を借りてこっちに歩いてきている。
その時、俺の足が何かに掴まれた。正体は、刀使いだ。
「なんだ」
「ゆる、さねぇ……お前らは、絶対に、殺す……!」
「そうはならねえよ……」
その時だった。村の方から足音が聞こえた。
「警団、呼んでおいたんだ」
♢
エルに乗って飛び立つ前、ホテルのあの整った青年に、呼び止められたのだ。
「なんだよ。俺らは急いでるんだ」
慌てていたせいで、ついこんな口調になってしまったが、許してほしい。
「いえ。あなたたちが急いでいるのは分かります。それに、あの金髪の子がいないのも、何かあったのかと予想が付きます……なにか、お手伝いできることはないでしょうか?」
正直、思ってもいない申し出だった。しかし、正直助かった。
「じゃあ、警団を呼んでくれ。場所は村の外だけど……エルはでかいままにしておくから、それを目印に来てくれ」
「分かりました。必ず、向かいます」
♢
そんなこんながあって、俺は警団を味方につけることに成功したのだ。
「お待たせ、しました……」
青年が話しかけてくる。
「ありがとうごいざます。こいつらが、誘拐犯です」
そして、レイラ誘拐事件はこうして幕を閉じた。
♢
男達が捕獲された後、レイラはしばらく俺に抱きついて泣き、泣き止んだと思ったら寝てしまったので、とりあえずホテルまで戻った。戻りは歩きで、レイラをおぶってエルまで乗せるのは、流石にきつかったので、エルはミフィアに抱いてもらっておいた。
ホテルに着いた頃には、既に夕暮れ時だった。昼食すら食べてないから、すげー腹が減った。ミフィアもレイラもエルもそうだろうが、今日は朝食しか食べてないのだ。
「さて。飯はどうするかな……」
とはいえ、レイラはまだ眠っている。起こすのは可哀想だが、だからといって飯を食わないのはちょっと……
「んぅ……」
レイラがモゾモゾと動き、目をゆっくりと開いた。
「起きたか」
「……レン、おはよ」
「もう夕方だけどな……飯、どうする? 腹減ってるだろ?」
「……うん。すっごく減ってる。けど、口の中変な味する。酸っぱいというか不味いというか……」
何の味だろうか。レイラはまさか、俺らの知らないところで何かを食べたのだろうか?
「まあいいか。とりあえず、飯は食うんだな」
「うん」
その後、夕飯を食べ風呂に入り(勿論男女別に)、気付いたら既に日は完全に落ちて、あたりは夕闇に包まれていた。
「レン、ミフィア、エル、その……今日は、ありがと。おかげで、助かったよ」
レイラがお礼を言ってくる。
「やめろよ。俺ら仲間だろ? そんくらい当然じゃないか」
「……ん。とぅ、ぜん」
「そうかもだけど……」
いつも元気なレイラがこうも暗いと、少し調子が狂う。ていうか、こういうの前もあった気がする。
「とりあえず、元気出せ。あれだ。お前が暗いと違和感しかないんだよ。いつもみたいにバカ騒ぎしてくれよ」
「……慰めるのかバカにするのか、どっちかにして」
「じゃあバカにするわ」
「ちょっと」
レイラがムスッとする。しかし、すぐに溜め息を吐いて、肩を竦めながら、
「分かった。元気な方がいいんでしょ? じゃあ、私今日はもう寝るから。明日起きたら、元に戻ってると思う」
「分かった。ゆっくり休めよ」
よく寝るなぁ、と思いながら、レイラに休息を勧めておく。
ベッドに潜って三分後、すぐに寝息を立て始めた。
「はやいな……ミフィア。お前、今日は布団で寝てくれないか?」
「……ぁん、で?」
「俺、レイラの横にいるから。別に添い寝ってわけじゃないけどな。あと、今日はこいつをゆっくりさせてやりたい。だから、頼む」
「……ん。わかった」
ミフィアは了承してくれて、エルを抱いたまま、布団に潜る。エルが布団から這い出てきて、ミフィアの隣でぐったりする。エルも今日は、数分だが飛んだのだ。生まれて数ヶ月経ってここまで育ったとはいえ、まだ子供なのは違いない。だから、疲れはそれなりにあるのだろう。ミフィアもエルも、ものの数分で寝息を立て始めた。
いつもの寝る場所をいっておくと、俺が布団で一人。ミフィアとレイラがベッドで添い寝状態で、間にエルを挟んで寝るのが常だ。
俺は部屋の中に一つだけある椅子を移動させて、ベッドの横に置き、そこに座る。寝ていると、ホントにこいつは子供なんだな、と思う。俺の知識量が劣るために、こいつの知識量に負けた時──例えば、ミフィアを仲間にする前の、"アマツキツネ"の時などは、たまに歳上なんじゃないか、なんて思ってしまうこともあった。
どうやら俺も疲れていたらしい。椅子に座って二十分ほどすると、唐突にあくびが出て、眠気が襲ってきた。
「おやすみ、レイラ。ゆっくり休めよ……」
ベッドに上半身を乗せて、腕を枕にしてそのまま寝落ちした。
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