第37話

 スライムが——死が近づいてくる。今は、スライムに、縛られて動かない足を向けている状態だ。男たちは、服を溶かすだけだと言ったが、このサイズのパラライズスライムは、服を溶かすほかにも、危険なことがある。簡単に言うと、“窒息死”、もしくは、転生者が言い伝えたといわれる病気、“急性心不全”というものになる可能性がある。


 パラライズスライムは、微電流を流して、筋肉や神経をマヒさせる。小さければ、皮膚に近い筋肉——腕や脚の筋肉ぐらいがマヒするだけだが、レイド級になると、心臓や臓器に関する筋肉までがマヒをする。そして、神経がマヒするために、脊髄からの呼吸の指示が出なくなり、呼吸ができなくなる。ということもあるらしい。


 更に言えば、のしかかられた場合、スライム液によって口や鼻を塞がれて、呼吸ができなくなる。これも、窒息死の原因となるらしい。


 つまり、この男たちが言っていたような小さな被害では済まないのだ。


 そして遂に、スライムが私の足に触れた。瞬間、身体に電流が走り、さっきまでは捻ることが出来ていた身体も、一切動かなくなり、呼吸が困難になり、酸素が必要なのに、脈拍も弱くなる。すこしずつ、スライムが私の体に這い上がってくる。なんとなく分かるが、既に神経もやられ始めており、スライムが触れている感覚はしない。


「おっと、その前に……所持品全部出せ」


 声を出すことの出来ない私に、リーダー格であろう、レンがミフィアを助けた時に私とすれ違った、髪で右目が隠れた男が言う。


 しかし、私は今、何も装備していない。いつものローブは着けているが、戦闘もないと思っていたので、ロッドもポーチに入れており、そのポーチも現在、レンの手元にある。



ホテルを出る、三十分前──


「今日は、特訓休みか。楽でいいけど、体力おちねえかな……」


「一日くらいで落ちやしないでしょ。ねえ、ミフィア、エル?」


「……ん」


ミフィアが首肯。エルもクルルとひと鳴きして、おそらく肯定の意を見せる。


「そんなもんかなぁ……でも、一応少しくらいは運動に関することをしておきたい。レイラ、ポーチ貸してくれ、一日だけ」


「……まさか、レンは最初から私の所持品を狙って……!?」


「んなわけあるか。狙ってたらとっとと奪ってるよ。俺とお前の運動能力の差を考えろ」


「分かってるよそんなことぉー……どうせあれでしょ。少しでも持ってる重量増やして、労力を増やしたいとか、そんな感じ。だったらグレーブスさんの手伝いに行けばいいのに」


「行くけど、もうちょい増やしときたいんだよ。俺、走るのそこまで速くないからさ。脚力を出来るだけつけたいんだよ」


「あれで速くないとか……」


私からすれば、十分速いと思う。でもまあ、私も重いのずっと持ってるの嫌だし、渡してもレンに見られてどうこうなるのは、下着ぐらいだから問題ないかな。


「はいよっ。落とさないでねぇ〜」


「分かってるよ〜……ありゃ、紐が短くて届かない」


「ポーチの中入れれば?」


「それもそうだな」


レンが私のポーチを、レン自身のポーチに入れる。


「……お前、荷物結構少ないんだな。全然重くならないぞ」


「レンは馬鹿だねぇ。レンのやつも私のも、重量が三分の一になるんだよ? だったら、私の荷物は三分の一に、更に三分の一することになるんだから、そりゃ軽いに決まってるよ」


「……お前にバカって言われると悔しいが、間違ってないから言い返せない」


レンが悔しそうにする。たまにこうやってレンが悔しそうな顔をするのが、私にとってはすごく楽しい。優越感っていうか。


とにかく、そんなこんなで、私の荷物は全てレンに渡したのだ。



あの判断が、今になって役に立つとは。まさかレンのやつ、こうなると分かってて……なわけないか。


男二人が私に近付いてきて、まだスライムに包まれていない胸元と腰周りを探り始めた。ローブをこじ開けて、内側も外側も、躊躇いなく探す。スライムのせいで、私はもう動けない。一瞬で麻痺が全身に回ったみたいだ。


正直、呼吸もしずらい。心臓が動いているかも、定かではない。既に感覚はほとんどなくなり、生きているかも分からない。


「ちっ、何も持ってやがらねえぜ、アニキ」


一応、まだ僅かに音声は聞き取れる。


「使えねえな……まあいい。こいつの服が溶けたら、今夜はパーティーでもするか」


「いいっすね」


パーティー……なんのことだろう。


視界まで歪み出した。靄がかかったようになる。気付くことはなかったが、私はこの時泣いていた。


スライムは、既に私の下半身を包み込んだ。あと数分もすれば、全身が飲み込まれるだろう。そうすれば、呼吸もできなくなり、場合によっては心臓も止まる。この男達が何を考えているのかは分からないが、私はもうすぐ死ぬのだ。そうなってしまえば、この男達の言っていることは、おそらく叶わない。


ただ、もうちょっと旅を、続けたかった。レンとエルとミフィアと、もっと先に──央都までは、行きたかった。


もう、音も聞こえない。スライムは胸まで来た。膝までの布は、既に溶けている。そこからじわじわと、ローブも、ワンピースも、下着も溶けていくだろう。荷物、全部預けておいて、よかった。──


スライムが、私を覆い尽くした。ただでさえ、呼吸をしているか分からなかった私は、完全に呼吸を封じられた。僅かに開いている口に、スライムが入り込む。しかし、味が分かるわけもない。既に感覚は麻痺している。


服がどこまで溶けたかも、分からない。


──ふと、レンの声が聞こえた気がした。



「いたっ!」


 俺が大声を出したことにより、ミフィアがビクッと肩を震わす。


「あ、わ、悪い……レイラは、村の外にいるらしい。その周りに三人……いや、四人か。少なくともそれだけの人がいる。殺意は感じないけど……いや、待て……この気配」


 ミフィアが疑問がありそうな目をする。恐らく、俺が最後に言った気配のことだろう。


「……魔物。まさか、あの時のスライムじゃないだろうな……!? ミフィア、急ぐぞ。このままじゃただでは済まない」


「……ん」


 ミフィアもいく決心はついたらしい。このまま村の外に向かってもいい。しかし、門を開けるのに時間がかかる。その時間が惜しい。


「スライムは確か、パラライズ……よし。麻痺回復薬はあるな。ミフィア、エルに乗ってレイラのとこまで飛ぶ。お前はすぐにレイラに近寄って、これを飲ませてくれ。それ以外の判断は、お前に任せる……エル、頼む」


 ミフィアに麻痺回復薬を渡し、念の為レイラのポーチも渡しておく。剣も渡す。


 エルが回転して、巨大化する。まったくもって原理が分からないが、今はそんなことを気にしている余裕はない。


 ——レイラはスライムに飲み込まれている可能性がある。その場合は、スライムを倒さなければいけない。ただ、どうやって倒すか……


「……迷ってる暇はないか。とりあえず、行くだけ行こう。その時に考えればいい」


 俺はエルに跨り、ミフィアの手助けをして、手綱を着けていないので、足で横腹を軽く叩いて、上昇の合図を与える。そして、エルが浮かび上がった。


「待ってくださいっ!」


 その時、何度か聞いたことのある声が聞こえた。



 ——村から出て二分ほど、エルは俺の指示を受けながら飛んだ。そして、黄色い山を見つけた。透き通ったその山は、間違いなくパラライズスライム——そして、俺らが逃げたやつだ。


「エル、ミフィアを降ろしてくれ」


 俺はそう言って、エルから飛び降りた。運が悪ければ死んでしまう可能性もある、危険な行動だ。


 そして俺は空中で、魔法を発動した。


「《プロテクション》」


 これは、ダメージを喰らった時の、身体的な傷をなくす魔法だ。決して防御力を上げる用ではないが、これを使えば、スライムに触れても、身体的な影響がなくなる。ちなみに、ダメージを喰らった時の痛みは伴う。そのため、恐怖を当てるのにももってこいだ。


 そして、スライムの麻痺効果を無視できることにして、剣技“トルネードストライク”を発動させる。属性剣技であるこの剣技は、剣の周りのものを吹き飛ばす作用がある。ブラックバックの際、腕がその場に落ちずに吹き飛んだのは、その作用だ。


 下向きに剣技を放ち、軌道を無理やり修正しながら、スライムの核を狙う。そして、剣を突き出す。まだスライムまでは少し距離があるが、落下の速度があるから十分だ。


「当たれぇ……!」


 半分願いながら、落下していく。そして、スライムに剣が触れた瞬間、スライム液が飛び散る。俺もそれを浴びるが、魔法の効果で麻痺をすることはない。


 スライム液を弾きだしてから数秒後——確かに、硬い何かを砕いた感覚があった。


 そのまま俺は地面まで剣技を続け、しかし、残り数十センチのところで止まる。しかし、核を砕いたためにスライムが修復することはない。後は、核のあった場所へと液が集まり、周囲に飛び散るだけだ。


そして案の定、スライム液が周囲に飛び散った。


俺はレイラを庇うように位置を変えて立ち、見覚えのある男と、おそらくその仲間なのであろう三人に視線を向ける。装備はバラバラだ。だが、全員が近距離系である。


後ろでドスンと音がする。エルが着地したのだろう。すぐにミフィアが麻痺回復薬を飲ませるはずだ。レイラも、一応気配は残っているため、生きてはいる。


「さて……どういうつもりなのか、教えてもらおうか」


俺は男達に告げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る