第36話

 なんとか村に入った。もしあのスライムが村に入ってこようものなら、取り敢えず俺は逃げるつもりだ。対抗手段がない。他の奴に任せよう。


「二人とも、無事、か?」


 俺が息を切らしながら聞く。レイラとミフィアも、息は切らしている。エルはずっと、レイラの腕の中にいたため、疲れはないだろう。うらやましい。


「なんとか、生きてはいるよ。服にちょっと、スライム液ついちゃったけど……」


「……帰って洗い流せばいいさ」


 スライム液の中には、衣類や皮膚を溶かすものもあるらしい。が、今回はその類ではなかったらしく、服はねばねばと汚れているだけだ。これはこれで、めんどくさいが。


「ミフィアは?」


「ぶじ、でぅ……」


 買い出し以外で動くことがなかったのだろう。俺との特訓も加わって、相当息が荒い。頬も赤くなっている。


「そうだ……ほれ、これ着ないと、村の中歩けないだろ?」


 俺がミフィアから預かっていた布を渡す。ミフィアが「……ん」と頷きながら受け取る。


「よし。今日はもうホテルに帰って寝よう」


 あの風貌は、流石に宿とは言いにくかったので、取り敢えずホテルと言っておく。



 それから、三週間が過ぎた。ミフィアの冒険者登録も既に終わり、どんどん腕を上げている。いろいろ手を尽くして、村の人とも交流を深め、現状は本来の目的“ミフィアを大丈夫な存在だと認めさせる”は、順調に進んでいた。


 その間俺も、いくつか本を読んで“アマツキツネ”について、少しばかり知識を蓄えていた。せっかくなので、ここで少し話しておこう。


 ——“アマツキツネ”。獣人族の一種である、“狐人フォックス”の突然変異種のようなものであり、普通の“狐人”が金色の毛並みであるのに対し、“アマツキツネ”は銀色なのだ。そして、能力も本来の姿よりも高い。本来の呼び名は“白狐人ホワイトフォックス”だったが、誰が言い出したのか、拝むとご利益があるという言い伝えが広まり、それ以来“アマツキツネ”と呼ばれて、崇められていた。


 しかし、それを良しと思わぬ者がいた。それが、貴族どもだ。貴族は、自分たちこそが崇められるべき存在なのだ、と知らしめるべく、“アマツキツネ”、更には“狐人”にまで、殺意の手を差し伸べた。そして、一般民までも、獣人を崇めるのは間違っていると言い出し、貴族に賛同したのだ。


 そんなある日、“アマツキツネ”は貴族に仕返しをすることにした。三年間ほど、姿を集団でくらまし、存在が忘れられた頃合いを見計らい、貴族を惨殺した。多くの貴族が死に、一般民からは反感を買った。しかし、能力の高い“アマツキツネ”をとらえることは容易ではなく、結果、処刑することができたのは、惨殺に参加した数百人に対し、たったの三人だったという。それが、約三十年前のこと——


俺が本を読んで入れた知識は、このくらいだ。


そして今日、俺たちは村の中を歩いていた。今日は休憩の日として、特訓はなしにした。


「レン、お昼どうするの?」


「そうだな……あまり高価なものは無理だけど、どこか食べに行くか」


「いえーいっ!」


ミフィアもそれでいいと、頷きで示す。相変わらず口数は少ないが、前よりはよく喋るようになったんだぜ。


あの日、レイド級のスライムから逃げてから、特にそのスライムについての話は聞かない。クエストを毎日確認しているが、まだ発注されていないらしい。誰かが受けたかもしれないが、レイド級なのだから、大々的に募集をするものだろう。


そんなこともあって、俺たちは少し安心していた。村の誰も、スライムのことは知らない。俺らでこっそり対処してしまおうと。


しかし、それは油断でしかなかった。


「何が食べたい、レイラ?」


反応が──返ってこなかった。


「レイラ?」


周りを見回す。俺の左後ろには、ミフィアがいる。エルも俺の頭の上にいる。しかし、俺の右側にいたはずのレイラがいない。そして、レイラの気配も──ない。俺が気配を感じれない時は、隠蔽ハンディング魔法を使っている時、寝ている時、意識を失っている時ぐらいだ。しかし、レイラは隠蔽ハンディング魔法を使えない。使えないわけではないが、こんなところで使う必要が無い。これで俺へのドッキリとかなら、後でみっちりお仕置きするが、それもないだろう。


つまり、レイラは現在──意識を失っている。もしくは寝ているのだ。そして姿が見えない。誘拐でもされたのだろう。


「されたのだろうじゃねえよ……マジでやべえぞこれっ!?」


"スレーブ村"は、央都には届かないものの、大差がないほどに人が多い。その中から、気配を感じ取れないレイラを探さなければいけないのだ。こういう時、一番手っ取り早いのが、


「聞き込みか……ミフィア、手分けして……はまだ無理か。俺に付いてきてくれ」


「……ん」


そして、レイラの捜索が始まった。



走り回った。まずは、レイラを見失った通り。次にホテルの近く。他にも色々な場所を巡り、合計数百人に聞き回った。俺は、正気を失いかけていた。


「くそっ!」


石を拾って、地面に投げつける。既に探し始めて二時間が経っていた。昼飯は食えてないから、普通に腹が減っている。


「一体どこにいるんだよ……!」


既に村の中は大方探した。幾ら情報をまとめても、レイラに関するものは無い。金髪の子供の情報を集めても、特に情報がない。三つほど、男が抱えていたという情報が入ったが、これが本当かは判断しにくい。他の子かもしれないのだ。しかも、その男の情報は全然ない。


「どうすれば……」


「ごしゅ、ぃん、ぁま……おち、ぅいて」


「落ち着いてられるか……!」


「きぃ、ても、わか、なぃ、ぁら……ほかの、ほぅぉう、かんがぇ、る……」


他の方法。何があるって言うんだよ。


「レイラ、もぅ、おきて、ぁも……」


ミフィアは、「レイラが起きているかもしれない」と主張する。起きていたらなんだって……


「……そうだ。落ち着け、俺。第六感を忘れてどうする。俺の数少ない能力じゃないか……」


第六感を発動する。レイラが誘拐されたのは、ほぼ確実だろう。現在どこにいるのか、全くわからないが。しかし、何ヶ月も一緒にいたレイラの気配は、母さんほどはっきりは分からないが、なんとなくは分かる。


「……いたっ!」



「どういうつもりっ!?」


私は今、スレーブ村の外にいた。手足は縛られ、起き上がることすら難しい。どうやら、睡眠魔法か薬で眠らされて、誘拐されたらしい。


「どういうって……落とし前だよ、落とし前」


「落とし前……?」


「そうだ。お前の仲間の男がしてくれたことに、俺はすげぇ腹を立ててな。ついでに、武器も失ったってわけだ。それに、俺らは知ってんだぜ? お前らがあのでかいスライムを見逃したことをな」


気付かれていたらしい。間違いなく、やらかした。


「あれはレイド級だ。散々守る守ると綺麗事言っておいて、逃げて村のヤツらを危険に陥れようとした。ありえねえよなぁ? それに、レイド級は逃げた場合、ギルドに報告して、クエストを発注してもらうのが当然の手筈だ。それをお前らはやらなかった……どう考えても、そっちの落ち度だよなぁ?」


何も言い返せない。こんな状況にいながら、この男達の正しい言い分に、何も言い返せないでいた。


「それで、落とし前の話だが……両方同時に解決させてもらおうか」


周囲の、四人の男たちが、下品に笑った。その時、私はすごい悪寒に襲われた。死を直観させられるような──そんな悪寒だ。


「おら、こいつは服だけを溶かして、肉体は食わないからなぁ。安心して、裸になるといい、ぜっ!」


男が私を蹴り上げた。息を吐き出しながら地面に背中から落ち、痛みで歪む視界を、嫌な気配へと向ける。そこにいたのは、黄色いスライム──間違いなく、私たちが見逃したレイドパラライズスライムだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る