#46 シロは……



 夜が来た。城は碧色からその光を赤に変え、今夜も街を幻想的に照らしている。

 宿にミルクとフリルを残した俺は、一人ミアとの待ち合わせ場所へ足を運んだ。何故だろうか、ミアに会うのが少しだけこわい。


 俺は……どうしたい……




 やがてその待ち合わせ場所の丘に到着した。そこにはミアの姿があった。一人、満天の星を見上げて、似合わない神妙な表情を浮かべている。


「すまん、待ったか?」


 俺の声に首を横に振り答えたミアは、すっくと立ち上がり俺の方を向いた。風が吹いてミアのチュニックワンピースのスカートがなびく。長くて綺麗な銀色の髪に、星が映っているのかと錯覚するような、……そんな綺麗な髪もまた、風になびく。

 空色の瞳が、俺を真っ直ぐに見据えている。


 俺は、その美しさに言葉を失っていた。そんな俺にミアは、


「シロ、遅いし。ま、いいし。……えっと。」


 ミアは言葉を詰まらせる。何か言いたそうに、しかしそれを押し殺すように口を閉じて……


「ミア、話って?」


「あ、うん。これからのこと。……私が魔界に帰るか、シロと旅を続けるか……ここで決めようと思って呼んだんだし。」


「ミアは……家に帰りたいか? 家族もいるかも知れないし、友達だっているかも知れない。待っている仲間が、そこにはいるかも……」


 俺が話し終わる前に、ミアの声がそれをかき消すように空に響く。


「ち、違うし! そ、そんな事は……私の考えは別にいいし! その、だから、シロは、どう思う?

 帰って……ほしく、ない?」


 そんな事、俺が決める事じゃない……


「私が魔界に帰っちゃったらさみしくない?」


 さみしいとか、そんな問題じゃなくて……


「……シロは……どうしてほしい?」



 ミアは俺の目を見て言った。俺に、いや、俺がどうしたいか、と。しかし俺は……俺が決める事じゃないと思う。ミアのこれからを俺の一存で決める事は出来ないと。

 ミアは既に父親を失っている。しかも失った事もろくに実感出来ていない……記憶を失っているから。


 でも、魔界に帰る事で思い出せるかも知れないんだ。友人、家族、魔人達、そんな仲間と共に過ごす事でミアは本来の姿に戻れるのかも知れない。


 それを俺が止める権利なんて、ない。



「……俺は……帰るべきだと思う。」



「……っ……そ、そう……」



 俺とミアとの間に、再び風が吹く。



「俺は、お前の幸せを考えて言っ……」


「……私が……シロの敵になるかも知れないのに? それでもシロはいいの? 私がもし……あのフールが言ってたみたいに魔王になったらどうするの?」


「そ、その時は……俺がプレイヤーを説得し……」


「そんなのおかしいし! 敵なんだよ!? なんで敵になっても私を守ろうとするの?」


 ミアは声を荒げる。


「なんで、ねぇ……シロはいつも……なんで私を守ってくれてたの!? 答えてよ!」



「……それは……」



「答えて……くれないんだ……わかったし。もういい……私、魔界に帰るし。」


「ミア?」


「止めないで! シロが……そ、それでいいって言ったんだし! シロなんて……」


 ミアは大きく息を吸い込み、



「シロなんて大っ嫌いなんだしぃっ!! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿シロ! ……わかったし……

 シロは私の事なんて……なんとも思ってなかったんだ、ただのお荷物だったんだ……」



 ミアの頬を大粒の涙がポロリと流れたのが見えた。俺は何も言えなかった。本当は……



「もう……おしまいだし。私は……帰る。


 でも、その前に……」



 ミアは左手を胸の前に出し広げた。すると、フールに手渡された魔女の魂がフワッと現れる。


「……私はやらなきゃならない事があるし……」


 ミアは……それを自らの胸に押し当てる。


「ゔぁぅっ!! あぅっ……」


 ミアの身体を黒い瘴気が包み込み、やがてそれはミアの小さな身体に馴染むように落ち着いた。


「はぁっ……はぁっ……実は……思い出してたし……ネロと会った後……ほんとは……

 ムルムルを見た時……私の……大切な友達……それでも、それでも私はっ!

 ……シロと……ゔっ……」


「お、おいミア!?」


「来ないでっ! ……思い出した……私は許す訳にはいかない……パパ様を……ゲーム感覚で殺した……プレイヤーという存在を……違う……

 人間を……許す訳にはいかないし……


 ……だから!!


 まずここで……シロを……私が倒して帰る!」



 ミアの周りに凄まじいまでのオーラが渦巻く。まるで竜巻の中にいるような錯覚が俺を襲う。

 ミアが俺を倒す? 


「ミア! やめろ! 俺達で争ってどうなる!」



「もうどうでもいいし! 正直、魔界も人間もなんだっていい! シロが……シロが、馬鹿なのが悪いんだからぁっ!!!!」



 俺の目の前にいるミアは……いや、


 ミアレア=ザンダリオンの瞳は二色に戻る。


 空色と、


 桜色のオッドアイの少女が……両手に瘴気を纏い立ちはだかる。そして、その小さな拳で……



「ぐがぁっ……っ」



 意識が一撃で吹き飛びそうになる!

 殴られた……? 俺の身体が無様に丘を転げ落ちるのが回転する視界で伺える。

 ミアは……本気で俺を殺す気か?


 と、とにかく回復しないと……!


 青と赤の残像が見えたと同時に、再び激痛が走る。内臓を揺らす程の衝撃が……俺の意識を朦朧とさせる……!


「ぐっ……ゔぁ……リ、リジェネ……レー……」


 咄嗟にメニューを開く俺を、三度目の衝撃が襲う……! メニューを操作していた筈のアレが、グルグル回転して吹き飛ぶのが見えた。

 赤い何かを撒き散らしながら、ドサリと……地面に落ちたソレは……


「ゔぁぁぁぁぁぁっ!!」


 左肩から噴き出す赤が地面を染める。視界も赤く染まり、気が狂うほどに……痛い……!!

 いたい、痛い、いたい、イタイ、


 痛い、イタイ、いたいっ……


 地面に落ちた左腕を見た俺は思わず吐き気をもよおした。目の前には空色と桜色がボンヤリと光を帯びて揺れる。その背後に燃えるような翼が生えていくのが映る……


 殺される、ころされる……?



 ミアに……



 右腕は動く……くそっ、



「大……てん、しの……翼…リジェネ……レーション……! ……っ、ゔぁぁぁっ……ぐっ…」



 ミアを止めるしかない……出血が酷くて気が遠くなる……腕……うでが……くそっ……


 アダマスブレードは宿に置いて来ちまった……ミアを止めるには……どうすれば……

 今のミアは間違いなく強いだろう……一撃で腕が吹き飛ぶくらいなんだ……


「……シロ……」


 正直、頭がどうにかなりそうだ……アドレナリンで痛みが緩和されているのか……わからない、わからないわからない! どぉすりゃいい!


「シロ。」


 何より……ぃま、は……目の前の魔王の娘を何とかして止めるしかない。


 だから……どうやって?


 ……コロスノカ?



 出来ない……出来るわけ……



「無視……するなぁっ!!」


「くっそぉぉっ!!」



 俺は迫るミアの攻撃をかわし空へ。ミアはすかさず翼を広げ距離を詰めてくる。駄目だ、速いっ……かわせない、やるしか、ない!


「ゔぁぁぁっ!!」



 俺はミアの肩を掴み押し返す。ミアはそれを凄い力で押し返してくる。



「ミアァァァッ!!!!」


「シロォォォッ!!!!」



 なんで、なんでミアと闘わなきゃいけないんだ……頼むよ、もうやめよう……!


 俺は……ミアを殺したくなんて……



 殺したくなんて、ない。





 俺はミアの事が……


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