#36 包囲網



「シロさまシロさまっ! いましたよ!」


 俺達が駆け付けた事に驚きを隠せないといった表情で目を丸くするナタリアの目の下は真っ赤に腫れていた。

 俺はアダマスブレードを取り出し、檻の鍵をさっきと同じように解錠した。それを見たソラは「おお!」と、関心したように声をあげる。


「こういう事は極力騒ぎを起こさずに、だ。」


 若輩者に言ってやると、少しバツが悪いといった表情で頭をかくソラ。


「そうですね。今後は気をつけないと。ここでシロさんに会えて良かった。僕ももっと大人にならないと駄目ですね。あ、そうだ、シロさん?」


「どうした? ソラ。」


「これからはシロ先輩って呼びますね! これ、お近づきのしるしに。」


 ソラはメニューを開く。それを見て俺が首を傾げていると、ソラは思い付いたように言った。


「あ、先輩知らないんですか? こうやって、メニュー画面でフレンド登録出来るんですよ?

 僕達は本来ならゴッドゲームで争う立場ですけど、せっかくだし登録しませんか?」


 正直、そんな機能があるとは知らなかった。多分、ガイドブックに載ってるのだろうな。

 確かにソラとなら上手くやれそうだし、敵は少ない方がいいに決まっている。

 見た感じ、あまりゴッドゲームのクリアに躍起になってる風にも見えないしな。


 俺はソラの提案に快諾して、お互いのIDを送信し合った。これでメールのやり取りが出来るようになったみたいだ。

 向こうのステータスを見る事は、

 出来ない、か。


 そんな俺達をよそに、バスターが檻からナタリアを救出する。


「ナタリア! 無事か? ナタリア、何も酷いことされてねーだろうな?」


「バスター……来てくれたんだ。大丈夫、何もされてないわ。ただ、閉じ込められてただけよ。」


 バスターは疲弊し切って立つのもやっとなナタリアを軽々と抱き上げて立ち上がる。


「シロッち!」


「そうだな、まずは脱出だ! 来た道を戻って屋上へ出よう。そこでミアとフリルに拾ってもらったら一気にその場を離れる。」


 ここで優先順位を履き違えたら駄目だ。とにかく今は再会を喜ぶよりも脱出だ。


 俺達は来た道を戻って屋上へ出る。空はいつのまにか真っ暗になっている。屋上からは王都の街の光がほんのりと見える。

 そびえ立つ王城はその光を赤色に変え、夜の街を幻想的に照らす。


 アレキサンドライト、確か昼間は碧色、つまり緑色の光を放つが夜になると赤く変色すると聞いたことがある。この城も同じようなものか。

 と、今はそれどころじゃない。ミアに合図を送らないとな。


 俺がメニューを開き、フォトンを発動させようとした、その時、ミルクが声をあげる。


「た、大変ですっ! ミア達が何者かに攻撃されてますよ!」


「なっ!?」


 顔を上げると、無数の魔法攻撃が花火のように上がっていくのが見える。それは、そう、空で待機しているミアとフリルに向けられて放たれている。


「くそっ! ミア! フリル!」


 俺は大天使の翼を発動させ、翼を広げた。しかし、無情にも魔法攻撃はフリルに直撃、バランスを崩したフリルはフラフラと力無く地上へ墜落していく。間に合わなかった?


 やがて、地面からドサリと鈍い音が響いた。どうやら本当に堕ちてしまったようだ。

 とにかく、ミア達が心配だ。こうなったら下にいる連中とやり合うしかない。

 俺はバスターとナタリアを両手で何とか担く。それを見たソラは慌てて言った。


「僕の事はいいですから! シロ先輩達は先に降りて下さい! 僕は正面から脱出して加勢します! さ、はやく!」


「すまん、ソラ! 悪いな、巻き込んでしまったみたいで。」


「それは僕の台詞です。僕が下手な正義感で正面突破なんてしたから! この埋め合わせはしてみせますよ!」


 ソラはそう言って下の階へ走り去っていった。俺は翼を広げ、そのまま屋上から飛び降りるように地上へ。そこで俺は気付く、


 今、俺達の置かれている状況が最悪だと。


 奴隷市場の周囲は王国騎士団に完全包囲されている。鎧を身に纏う剣士、ローブに身を包んだ魔法使いまでいる。


 俺はナタリアを後ろにして辺りを見回した。正直、これはかなりピンチかも知れない。

 ちゃっかりHPゲージも表示され、戦闘に移行してしまった。ミアとフリルは……


 いた。かなり遠い場所に落下したようで、完全に拘束されている。せめてフリルに何か着せてやってくれよ。流石にありのままは可哀想とか、そんな気持ちはコイツらにはないのか。


 ステータスで確認する限り、ミアのダメージはそこまで深刻ではないか。


 その時だった。包囲していた騎士達が武器をおろし、その奥から一人の男が姿を見せた。

 見たところ、他の騎士とは違う。鎧の装飾も一際豪華で右手には宝石のように輝く槍。


「お、お前はっ!」


 バスターは歯をギリギリと鳴らし威嚇するようにその男を睨み付けている。


「何事かと思って来てみれば、そういう事か。汚らわしい獣人風情が、女を取り戻しに来たって訳だな? くくっ……」


「ガラント……クロスレイ……」


 そうか、コイツが王国第三皇子、ガラント=クロスレイ。ナタリアを拐った張本人であり、十年前、獣人への弾圧を激化させた黒幕?


「おっと、下手に動くなよ? こっちにはお前達の仲間がいるんだからな。馬鹿な真似をすると、この女二人の首が地面に転がり落ちる事になる。

 わかるか、俺様の言っている事が?」


 最悪の状況だ。これでは迂闊に動けない。


 すると、ガラントはもう一歩、前に出ては槍を振り回し、その矛先をバスターに向ける。


「チャンスをやる。獣人、お前が俺様に勝てれば、そのメス猫とお前達の仲間を解放してやろう。」


「ど、どういう事だ?」


「言葉の通り、だ。一対一の真剣勝負だ。男なら断る理由はないだろう? それとも、命惜しさに女子供を諦めるか?」


「馬鹿野朗がっ! 自分はそんなチンケな男じゃねー! その勝負、受けるぜ!」


 バスターは華麗に跳躍しては空中で身体を回転させ、ガラントの前に着地する。そして、拳と拳を打つと目付きを変えた。

 バスターのやつ、正気か? 相手は武器を持っているんだぞ?


 俺がそう思った矢先だった。ガラントは予想外の行動を起こしたのだ。

 なんと、持っていた武器を騎士に預け、重い鎧を脱ぎ捨てたのだ。そして、バスター同様、拳を打ちつけては口元を緩める。


 この男、どうしてもバスターと対等にやり合って勝ちたいみたいだ。

 しかし、武器を使うような卑怯者ではないようだ。純粋に喧嘩をするつもりか。


「シロさま……ど、どうすれば……」


「今はバスターに賭けるしかない。ミアとフリルが人質になっている以上、下手には動けないしな。」


 ナタリアは振り向かないバスターの背中を見つめて、心底心配そうな表情を浮かべている。

 すると、振り向かないままバスターはゆっくりと尻尾を振る。


「心配するなって、ナタリア。自分がガラントに負けた事なんて、今まで一度もなかったんだからよ! 今回は横槍なしで頼むぜ? 格好悪い喧嘩を見せる訳にもいかないだろう、ガラント!」


「犬が、吠えるなよ! こい、女の前でサンドバッグにしてやるからよ!」



 ガラント=クロスレイ……鎧を脱ぎ捨て兜を外した男の容姿は、皇子、そのものだった。


 はっきり言ってイケメン細マッチョ、肌は白く青い瞳は女性のように大きくて綺麗な瞳だった。風になびく金色の長い髪も高貴さを感じざるを得ない。


 とはいえ、中身は最低最悪のクソ皇子だ。


 バスター、頼むぜ。




 静まり返った門の前で、お互い打って出る隙を伺っているかに見えたが、それは間も無く終わりを迎える。先に仕掛けたのは、バスターだ。


 バスターは地を蹴り一気にガラントとの距離をつめ拳を振りかぶった。

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