#32 フリル
……
「シロさま?」
俺は朱色の髪の女の子を連れて奴隷市場の門を潜る。背後からはあの人相の悪い門番達の啜るような笑い声が聞こえてくる。
大方、幼女を連れて出て来た俺の事を笑っているのだろう。
女の子の歩幅は小さい。俺は出来るだけゆっくりと歩き、その小さな手をしっかり握って歩く。
勿論、振り向きなどせず、真っ直ぐ。
そう、俺はこの子を買ったのだ。しかも所持金の殆どを費やして。
「ミルク、ふと思ってしまったんだ。俺がこの子を買えば、この子は救われるんじゃないかって……この行為が偽善だって事は百も承知だ。
でも駄目だ、こんな子があんな所にいたら駄目だろやっぱり。」
こんな感情……日本で普通にサラリーマンしてたら感じられないだろうな。あの国がどれだけ平和だったのかって痛感する。
「シロさま……」
ミルクは俺の胸ポケットから飛び出して肩に着地する。そしておしりのラインを微調整しながら小さな胸を張り、清々しい表情で羽をパタッと羽ばたかせる。
「それでこそシロさまですよ。ミルクはシロさまの決めた事なら何でも受け入れます。
それに、この子はシロさまに救われたんです、それは自信を持って胸を張れることです!
決して偽善なんかじゃありませんよ!」
ミルクはピョンと跳ねては女の子の肩に着地。
女の子はキョトンとした表情でミルクを見つめては、ふと顔を上げて俺を見た。
そして、
「……ごしゅじん、さま……?」
と、首を傾げる。
俺の中で、何か熱いものが込み上げてきた。
「え……と……」
「ごしゅじんさま?」
その瞳は真っ直ぐに俺を見つめている。俺はそんな女の子と目線を合わせるように屈む。
「俺は君のご主人様じゃない。」
「え? じゃ、じゃぁ……え、えっと……」
女の子は言葉に詰まってしまった。市場で客をご主人様と呼ぶように調教されたのだろう。
困った女の子に俺は、出来るだけ優しい口調を意識して言った。
「なら、君はどうであってほしい? 俺が君の何であってほしいと思う?」
「あぅ……ご、ごしゅじん、さま……それはどういうことですか?」
「言葉のままの意味さ。君が望む存在に、俺がなってやる、と、いう意味だ。もう一度、君に聞いていいかい? 君は、俺に何者であってほしい?」
女の子は心底驚いた表情で俺を見上げ瞳をパチクリさせる。そして、少し恥ずかしそうに身体をよじらせながら、震える唇で俺に言った。
「……あの、その……それなら……えっと……パ、パパに……なって……ほしい……」
そうか、そうきたか。親と離れ離れにされて、ずっと淋しい思いをしてきたんだな。
「わかった。なら、たった今から俺は君のパパだ。君は娘なんだから遠慮する事なく何でも俺に言えばいい。えっと、なんだ、そう、甘えていいぞ。」
俺は涙目になってしまった女の子の頭を優しく撫でてやる。とてもサラサラした綺麗な朱色の髪がポッと光を放ち、フワッと羽のように広がる。
その髪はあたたかい。フェニックス、別名火の鳥とも呼ばれるだけはある。
女の子は
市場内で一度、鳥の姿にもなってもらったが大したものだった。鷲に似た赤い不死鳥の姿に変身した女の子はヨロシク号程のサイズで上手くやれば背中に乗る事も出来そうだった。
この能力は便利そうだ。ナタリア救出でも早速役に立ってくれると俺は感じた。
ただ、欠点もある。変身を解除して元の姿に戻ると、ありのままの姿になるのだ。
変身時に発生する炎のオーラで服が蒸発してしまうからだ。つまりは、迂闊に変身させるのも考えようだということ……って、
おいおいおい!? 言ってる側から!
「パパァ! 嬉しいっパパパパァ!」
テンションが上がった女の子は無意識にフェニックスの姿に変身して、ぴょんぴょんと跳ねては大きな翼を羽ばたかせる。
そして俺を包み込むように抱きついてくるのだが……少しばかり熱い。
「わっ、変身しちゃいましたっ!? シロさまが羽に埋もれて見えなく!?」
女の子は、はっ! と自らの姿に驚き元の姿に戻ると、そのまま俺にダイブする。
「ぬわっ、ふ、服ふく!? あぁ。」
「パパ! パパ! ふふっ」
いやいや、可愛いけどその笑顔。今はそれどころじゃないっすよ娘よ!
着せる服なんて持ち合わせていなかった俺は仕方なくシャツを脱ぎTシャツ姿になる。そして脱いだスーツのシャツを女の子に着せる。
ボタンを全部閉めると、小さな身体はすっぽりと収まり、ぱっと見ワンピースみたいなシルエットになる。一先ずこれで安心か。
女の子は屈託のない笑顔で俺を見つめている。パパが出来たことが嬉しかったのかな。
小さな身体を左右にフリフリしながら喜ぶ姿が何とも愛くるしいじゃないか。
他人行儀よりは今みたいに懐いてくれる方が有り難い。こちらとしてもやりやすいし。
俺の会社の先輩がまだ小さな娘を溺愛していたのをふと思い出し、自然と口元が緩む。
それにしても……パパ、か。
妙な気分だ。だが、悪くもない。
言葉の通り、死ねない身体の持ち主だ。
不死と言えども、攻撃性は低く人の脅威になる程の力は持ち合わせていないのがフェニックスの特徴だ。それが故、利用目的は決まって異常者のストレス発散と聞かされた。
あのまま奴隷市場に居れば、この子は何処かの異常者に買われ、毎日のようにストレス発散で殺される日々を送っていたのかも知れない。
そんな希少種のヴァリアントだけあり一ヶ月近く闘い続けて得た財産も根こそぎ持っていかれたわけだ。その上、俺は狂った危ない奴の称号まで得ることとなってしまった。
だが、後悔はない。
テンション上がっただけで勝手に変身してしまうのはご愛嬌か。この子の為に服の替えを買っておかないとな。裸で放置は出来ないし。
「シロさま? この子の名前、どうしますか?」
「確かに。まだ名前がないんだよな。」
俺はニコニコと首を傾げては身体をフリフリする女の子をじっと見る。
その視線にやっと気付いたのか、女の子は俺を見上げて眩しい笑顔を見せる。
よし、決めた。
「【フリル】。自由のフリーをもじってフリルでどうだ? なんか、こう、フリフリするの癖みたいだし。」
「シロさま、顔に似合わず可愛いネーミングじゃないですかっ! フリル、可愛いですよ!」
「顔に似合わないとか言うなっての。どうだ、気に入らないなら他を考えるが?」
女の子は満面の笑顔で答える。気に入ってくれたみたいだな。
名前も決まった事だ。
そろそろ皆の元に戻るか。作戦会議も兼ねて、新しい家族の紹介もしないとな。
それに、ミアがお腹空かせてるだろうし。
俺はおろしていた前髪をグッとあげていつものスタイルでミア達の待つヨロシク号へと足を運ぶ。
新たな仲間、フリルの手をしっかりと握りながら、ゆっくりと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます