#31 売約済み
気を取り直し、ナタリアの捜索を再開した。丸眼鏡の視線が異常に鬱陶しいが、極力気にしないフリをしながら更に奥へと足を運んでいく。
冷たい鉄格子を揺らす金属音が俺の耳にこびり付く。「助けて」「外に出して」と消えそうな声で懇願する女性達の目を見ることも出来ずに、俺は無心でナタリアを捜した。
すると、
「シロくん……?」
俺はその声を聞き逃さなかった。勝手に耳に流れ込んでくる声をシャットアウトしていたにも関わらずに、だ。
そう、振り向けばそこにナタリアの姿が。
「シロく。!」
「しぃ……!」
俺は大声を出しそうになったナタリアにアイコンタクトで静かに、と訴えかける。するとナタリアは頭のネコ耳をピンと立てて首を縦に二回振る。
丸眼鏡は他の客の接客に付いているようだ。話すなら今しかないな。
そう思った俺は檻の中のナタリアに小声で話しかける。
「助けに来た。バスターも外にいる。今はナタリアがここにいるかを確認する為に客を装って侵入しているんだ。良かった、いる事だけわかれば後は……」
俺の言葉を聞いているナタリアの表情は見る見るうちに曇っていく。
「どうしましたかぁ~お客様? クク……ほぅ、この商品がお好みですかな? この商品は猫の獣人でしてね~まだ未使用の新品といったところです。」
いつの間に後ろに。
「あぁ、未使用か……悪くないな。」
すまない、ナタリア。
眉をしかめて哀しそうな表情を浮かべるナタリアの顔を、俺は見る事が出来なかった。
俺は目を合わさず丸眼鏡に言葉を返す。
「この商品はいくらだ?」
ここで怪しまれる訳にはいかない。あわよくばこのままナタリアを解放する。それが出来れば一番穏便に済む話だ。
しかし、丸眼鏡の男が吐いた言葉を聞いて、俺は頭が真っ白になる。
「残念ながら、この商品は売約済みでして。もう少し早く来ていただいていれば。
あ、そうです! 他にも猫の獣人なら入荷していますよ? 北の地の獣人で毛並みがふわふわしていて中々の上玉です。こちらの商品よりは歳をとってますが、まだまだ肌も張りがあって……」
男が何か言ってるが、俺の耳にはノイズにしか聞こえない。とりあえず黙ってくれ。
……どうする、どうすればいい?
ナタリアは一瞬俺を見てすぐに下を向いてしまった。口元が震えている。硬い灰色の地面にポタポタと涙が落ちるのが見えた。
あの元気なナタリアが泣いている。
しかし、俺には解決策が見えない。
そんな中、男はノイズを続けて放つ。
「……とまぁ、他にも女は腐るほどいますから。クク、お客様? どうかされましたか?」
「あ、いや。他も少し見るとするよ。」
「はい~、どうぞ、ごゆっくり……クク……」
俺がナタリアの前を去ろうとした時だった。
微かに、しかし確かに聞こえた。
「……っ……」
しっかりは聞き取れなかった。だが、その心の底から出た言葉は俺の脳裏に焼き付いた。
バスター。
多分ナタリアはそう言った。
「シロさま……」
「……一先ず、ここを出る。」
「でも……でも……」
「これからは野宿が増えるかも知れない。ミルク、付き合ってくれるな?」
「シロさま……も、勿論です!」
俺はこの時、心の中で決めていた。この奴隷市場からナタリアを奪い返すと。
例えどんな手を使おうと。
俺は所狭しと並ぶ檻を見向きもせず通り過ぎて行く。その時だった。
俺の視界に、一人の女の子が映った。
真っ白な肌に、燃えるような朱色の髪、まだ年端もいかぬ見たまんまの子供、幼女だ。
「シロさま?」
澄みきった青い瞳で俺を見つめては首を傾げる幼女と目が合った。
幼女の瞳には真紅の焔を象った模様が浮かぶ。瞳に何か宿している、そんなイメージの瞳だ。
「あの……シロさま?」
こんな小さな子まで……
「シロさまっ!」
ミルクの声でフワフワしていた俺の意識は現実に引き戻される。
「わ、悪い悪い……行くぞ、ミルク。またポケットに隠れてろ。」
……
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