第14話 漲る!水薙センセーション

何もなかった。夏祭りのあの夜、水薙の両親は出かけており水薙と2人っきりなのに関わらず何もなかった。 


「どう思いますか?専門家の汐菜さん」


どこに問題があるのか妹に聞いてみることにした。同性の立場から見えるものもあるだろう。


「いや、私専門家じゃないし」


怪訝な目で見られるが頼れるのは汐菜くらいだ。


「専門家になった気持ちでお願いします」


僕から言っといてアレだけど、そもそも何の専門家なんだろう?行動心理?


「えー、間違ってても責任とらないからね」


「それでいいからお願い」


僕は必要とあれば兄の威厳とか捨てれる系お兄ちゃんなので深々と頭をさげる。


「多分だけど、お兄ちゃんが受け身すぎるんだよ。水薙さんも冗談でいろいろ言うことはあっても実際はお兄ちゃんから誘って欲しいと思ってるんだよ」


なるほど、一理あった。思い返せば水薙のヤりたい宣言は「私はウェルカムですからいつでも襲ってきてください」というフリだったのかもしれない。


「けどほら、僕先輩だし。僕から言うとハラスメント的にならない?」


「大丈夫大丈夫。ま、ただちょっと焦りすぎてない?まだ付き合ってそんな経ってないでしょ?」


確かにまだ水薙と付き合いはじめて一月も経ってない。時期尚早なのだろうか?


「じゃあ、何もしなくて正解なのか」


「いや、だからそれは受け身すぎだって。呼んでもないのに舞踏会に来てくれるシンデレラは幻だよ」


水薙が自分から告白してくれたこともあり、僕は水薙との男女交際においてなんの努力もしていない。やはり一方的に与えられるだけではダメなのかもしれない。


「ではどうすれば?」


「ユー奪っちゃえよ、唇。女の子なんて寝てる間に白馬の王子様にキスされるのを夢見る生き物なんだよ」




そんな意外にノリノリだった汐菜の助言を聞いてから数日後、水薙とプールデートをすることになった。水薙の発案だ。


「人いないですね、先輩」


「そうだな」


近くの市民プールに来たのだが、夏真っ盛りというのに蝉しかいない。休館日かと疑ったが営業はしているようだ。


「すいません、どうしてこんなに人がいないんですか?」


入り口近くにいた清掃員の方に水薙が話しかける。


「ん、知らないのか。ここは、その、出るんだよ」


なるほど、そういう感じか。真昼でも水場に出られちゃ怖いわな。これは僕らも引き返す方が吉か。オカルトを信じるわけじゃないが、これだけ人がいないからには確かな何かがあるのだろう。そこまでプールに拘りはないしな。


「出るって何がですか?」


どうやら水薙はボカした表現では伝わらなかったようだ。首を傾げている。かわいい。


「そりゃ出るって言わらたら霊だろ」


従業員の前で言うのは憚れるので小声で水薙に耳打ちする。


「変態だよ」


清掃員の方がボソッと呟く。一瞬自分らが変態と呼ばれたかと思ってビビったがどうやら違うようだ。


「このプールには変態が出るんだよ」


ああ、はい。そういう感じね。






「先輩、見てください。どうです?かわいいです?どちゃシコです?」


水薙がその場でグルンと回り水着をアピールしてくる。水着を新しく買う時間がなかったらしく、水薙が来ているのは部活動で着用してる競泳水着だった。


「ああ、いいよ!かわいいの大集合!めちゃシコです、そういうの」


競泳水着、いいじゃないか。男心をくすぐりますね。写真で何回か見たことはあったが生で見るとこう、なんと言うか、もうエモいよね。


「先輩の水着も良きですよ!女の私も前屈みですよ!意味ないけど!」


水薙もテンション高めみたく、ぴょんぴょん飛び跳ねてる。久しぶりに2人のテンションが一致した気がする。


「しかし、ほんと人いないな」


水着に着替えてる時点でわかるだろうが、僕らは結局件のプールに入ることにした。清掃員には止められたが、変態如きでこの時期の人がいないプールを逃す手はない。僕ら以外の客もいないわけじゃないが両手で数え切れるほどだった。


「ところで変態ってどのタイプの変態なんでしょうね」


「さあ?清掃員の人も話したくなさそうだったからな」


仮によっぽどの変態でも近づかなければ害はないはずだ。プール側も実害が出てるのに排除にのりださないくらいだし大した変態ではないのだろう。いや、大した変態ってなんだよ。


「私、変態って見るの初めてでちょっとワクワクしてます」


「まあ、わからんでもない」


ネットの記事で露出狂に遭遇してトラウマになった的な事案はきいたことがあるが、あいにく僕らはそう繊細にできてはなさそうだ。

とはいえ、今はデート中なので邪魔をされたくない。できれば関わり合いになりたくないものだ。


「とりあえず、あのスライダー滑ってみませんか?」


水薙が指差す方を見ると、デカめの浮き輪にのり坂をくだるタイプのスライダーがあった。二人乗り用の浮き輪もあるそうなのでデートにはちょうどいいかもしれない。


「よし、いこう」


スライダーの乗り口へ二人乗り用の浮き輪を持って登ると案の定待ち時間はなかった。


「先輩、前どうぞ。私は後ろから先輩に抱きつきますね。だいしゅきホールドってやつです」


「それは違う」


係員の指示に従い浮き輪に乗ると、だいしゅきホールドではないが確かに水薙の体温を感じれた。そのまま一歩蹴り出すと浮き輪は坂を猛スピードでくだっていった。


「うおー、思ったより早いですね、先輩。ところで先輩、その?」


スピードが上がるにつれて水薙のしがみつく力も強くなり完全に身体は密着していた。この状態で水薙のこの歯切れの悪い言いぶり。なんとなく察す。

胸があたってるってことだよね!でもね、水着の生地感以上の感想はないんだ。なんなら直に触れ合ってる分、手の方が柔らかく婀娜っぽく感じる。


「うぇーい!ふー!」


とりあえず大声で誤魔化す。胸の話は自分から聞いてくるくせして地雷原。触らぬ神にはなんとかというやつだ。ただ人がいなくて静かな分僕の声が響くこと。この後すぐに水薙が追従してくれなかったら羞恥にのまれてただろう。

 僕らを乗せた浮き輪はあっという間にスライダーを滑り終え、僕らはそのままプールへと落とされた。想像だに着水の衝撃が強く、浮き輪からは投げ飛ばされてしまった。そして、気づくと手にムニッとして柔らかい何かがあった。これは⁉︎


「思ったより激しかったですね、ご主人」


少し離れたところから水薙が話しかけてくる。例の如く何故かご主人呼びだがもう慣れた。ん、離れたとこから?水薙じゃないならこの感覚は何だ?

慌てて確認する。


「それは私のおいなりさんです。This is my Oinari-san.」


変態がいた。装備品はゴーグルと水泳帽だけの全裸野郎がいた。そして全裸の股間には全裸野郎の手に捕まった僕の手があった。


「うぉい」


慌てて手を払う。嫌なものを触ってしまった。いや、それよりこの変態だ。全裸の時点で危険だし何をするかわからない。水薙に近づけたくなかった。何より水薙に野郎の汚い股間を見せたくなかった。僕のだって見せたことないのに。


「すいませーん、係員さん。変態が出ました」


少し離れた位置にいる係員に助けを求める。一瞬目が合うがすぐ逸らされた。


「残念、彼は忙しい。Unfortunately, he's busy.」


変態が係員に目を向ける僕の視界に割り込んできた。こんな人のいないプールで忙しいも何もないだろう。理由はわからないが係員からの助けは期待できないみたいだ。


「お前、頼むからどっか遠く行ってくんない?」


変態に直球で言葉をぶつける。見たところ変態は僕らと年の瀬は変わりなさそうだ。若さゆえの暴走だろうか?早く大人になりたいや。


「いやです、それよりご主人、もう一度私のおいなりさんを握りませんか?I don't want to, but would master like to grab my Oinari-san?」


変態は差し出すように自分の股間を突き出してきた。シンプルにやばいやつだ。猥褻物陳列罪知らないのかな?


「恥ずかしがらないで、ご主人。Don't be shy, master.」


「お前は少しは恥ずかしがれよ。てか、お前にご主人呼びされる所以はないわ」 


さっき水薙が僕をご主人呼びしたのを聞いていたのだろう。いや、水薙にもご主人呼びされる所以はないんだけどね。ま、水薙は可愛いから良し。

ん?そういえば水薙は?そう思い目線を水薙に向ける。


「あわわわわ、おわ、あわわ」


水薙はこれ以上なくわかりやすくパニくっていた。どうやら想像だに繊細だったらしい。ここは彼氏としてなんとかせねば。


「そちらのレディも、あわわわわ。Your lady…oh,oh,oh」


何やら水薙を見た全裸野郎もわかりやすくパニックになった。どうしたんだ?そして、『あわわわわ』の英訳は『oh,oh,oh』でいいの?


「こう、き?」


少し冷静さを取り戻した水薙が呟く。どうやら知人のようだ。そりゃ知人の痴態見たらパニックになるわな。


「お姉ちゃん、なんで…。Sis, why?」


変態野郎の口からとんでもない真実がとびだした。弟かよ。これはもう僕にはどうしようもない。ただ僕が思ったのは、


「何その英訳?ここにいるメンツ全員日本語母語話者よ?」


次回、VS弟編に続く...


 


  

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…勘違いが身を結んで可愛い後輩とよくわからないけど付き合うことになりました…、 何処にでもいる唯の唯一神(仮) @siotoku

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