第10話 君の上腕筋を食べたい?

急遽水薙の予定が空きデートすることになった僕らは合流した商業複合施設内にある映画館で映画を観にきていた。


「先輩先輩御主人様、劇場内での映画の撮影・録音は犯罪らしいですよ!」


先程から水薙は何でも楽しく映るようでご機嫌だった。いろいろあったけど久しぶりに会えたのと、なんやかんやで休日デートは初めてだからだろう。僕への呼称に変なのが混じってるのもそのせいだろう。


「水薙、気持ちはわかるけどもう少しボリュームダウンしよ」


撮影録音もダメだが騒ぐのもマナー違反だ。


「すいません、興奮しちゃって。あ、始まりましたね」


水薙の言う通り、映画が始まった。今回は水薙の要望で話題沸騰中の恋愛映画だ。どんなストーリーなのか僕は知らないが話題が沸騰する映画だ、おそらく楽しめるだろう。




『俺はもうニラがないとダメなんだよ。あの日、ニラ玉を食べた瞬間俺はもう、もう…』


神妙な顔で男はうちに秘めた感情を吐露する。


『何言ってるの?ニラだよ?あのユリ科の多年草だよ?』


男の真剣な告白は女には受けいられるものではなかったようで狼狽している。


『知ってるよ。でも、俺がどれだけニラとともにいたかお前なら知ってるだろ。朝も昼も夜も家でも職場でもトイレでも風呂でも食事中でも、どんなときもずっと』


男は一瞬悲しそうな顔をした後に覚悟を決めたようで少しの迷いもなく思いの丈を告げた。


『おかしいよ。そんなのおかしいよ』


女は混乱のあまり目に涙を浮かべていた。 


『そんなことくらい俺だってわかってる。でも、気づいたんだよ。俺、ニラのことが好きなんだ、性的に』


女の涙を見ても男の決心は揺らぐことはなかった。言葉には熱がこもり、その目は透き通っていた。


『なんで…なんでニラなの?私じゃだめなの?私じゃあなたを満たせないの?』


ついに女は崩れ落ちた。


『悪い。俺のオカズはニラだけで十分だ、色んな意味で』


男の目にもう女は映っていなかった。


『そんな…そんなぁ』


悲痛な叫びがこだまする。


『それに、もう、あの畑には俺とニラの子供がすでに』

         ∼FIN∼



「なぁ、水薙なんだこれは?」


エンドロールを眺めながら僕は湧き上がる疑問を抑えきれなかった。どうして恋愛映画のエンドロールに協力農家の欄があるのだろうか?こりゃ話題にもなるよ。しかし、僕の感想は万人共通のものじゃないらしい。


「ぐずっ…ニラぁ…ニラぁ…ニラってなぁに?…ぐずっ」


ニラを知らないにも関わらず涙を流していた。ニラ知らないかぁ。


「えーと、ほら、水薙、ティッシュ」


正直困惑だが一度気持ちを落ち着かせて水薙にポケットティッシュを差し出す。あ、でも泣き顔も可愛いな。


「ありがとうございます、先輩。やっぱり男の人ってティッシュ持ち歩いてるんですね」


水薙は僕から受け取ったティッシュでチーンと鼻をかんでから言った。


「やっぱりって何?」


偏見かもだが女性の方が所持率は高そうだ。


「ほら、外出先で興奮しちゃって」


水薙は股間の前に手を当て上下するジェスチャーをしながら言った。


「コラ、露骨に下ネタしない」


昨今そういうのは環境型セクハラがなんやらと厳しいんだから。


「先輩、トイレ行きたいので少し失礼します」


「別にいいけど、この会話のタイミングで⁉︎」


ちょっと疑っちゃうものがあるじゃん。違うだろうけどさ。



 映画を観た後、ファミレスで昼食を取ることになった。時間がややピークから経っているので店は空いていた。学校から近くそれなりに来るお店なので僕も水薙もシークタイムなしで注文した。


「先に言っときますけど、奢るとかそういうのナシですよ」


メニューの間違いさがしをしながら水薙は言った。


「そうか、水薙がそういうのであれば」


僕的にはそう高くもつかないし僕がまとめて会計するつもりだったが、男女平等が謳われる現代社会で男が奢るものというはもう古いらしい。


「はい、私が払います」


笑顔で水薙は言い切った。なんか思ってたのと違う。


「いや、自分の分くらい自分で払うよ⁉︎」


ヒモになる気はさらさらない。そんなこんなしてる内に料理がきた。


「先輩、それおいしいですか?」


「ああ、美味しいよ」


ここ最近、インスタントで昼食を済ませることが多かったのでそれと比べるとおいしい。


「む、私の方が絶対おいしいですよ。見てください、この上腕筋。引き締まってておいしそうです」


「何と対抗してるの⁉︎」


最初ちょっと自分の作った料理の方がおいしい的なことかと思ったけどグール的なことだった。


「冗談です。そうだ、今度先輩の家で手料理振る舞わせてください。本当は学校に弁当とか作って行きたかったんですけど夏休み入っちゃったので」


腕によりをかけるという意味か再度上腕筋を主張させながら水薙は言った。


「水薙の手料理か、食べてみたいな。よく料理とかするの?」


エプロン姿の水薙を妄想してみる。なんかドジしそうだなぁ。うん、かわいい。


「私、朝練で家出るのが早いことが多いんで自分で弁当作ってるんです。お母さんをその時間に付き合わせるわけにもいきませんし」


ええ子や。水薙の弁当はいろどりもよく美味しそうだったので期待が持てる。



その後、僕らは買い物したりゲーセンに寄ってみたりと半日を過ごした。独りだとやることがなく手持ち無沙汰だったが水薙と一緒だとあっという間だった。


「それじゃあ、先輩。ここで失礼しますね」


いつもの分かれ道で水薙が別れを告げる。本当なら日も落ちてきたし家まで送っていってあげたい気持ちで山々だが水薙も僕を家まで送っていくと聞かないので折衷案で普通に別れることになった。


「気をつけてね」


ま、水薙は僕よりも強いから心配は無用だろう。


「そういえば、先輩いい忘れてました。先輩、好きです。よし、ノルマ達成です」


振り向き様に水薙はラブコールしてきた。どうやら毎話ラブコールをするノルマがあるらしい。普通に言ってない回あることない?とか、御主人様呼びもノルマがあるの?とか思わなくもないが飲み込んだ。可愛いんだもん。


「ああ、僕も好きだ」


沈む太陽をバックに見つめ合う男女。キスでも始まってもおかしくない状況だがどうやら違うらしい。遠くから廃品回収車の声がする。ムードもクソもない。そのまま僕らはそれぞれの帰路についた。夏休みも始まって久しい。リアルではもっと久しい。僕らはこの夏でどこまで進めるだろうか?


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