異世界のヒロインはカサンドラ症候群

ちびまるフォイ

どちらが悪いとかじゃない

「もう限界なんです!」


そう言うヒロインは巨乳ツインテールで戦う意欲を感じられない

無駄に露出の高い服装とハンコで押したような量産的な顔で泣いた。


「最近はもう全然眠れなくて、食事も取れないし……。

 心も身体も来世も現世ももうぼろぼろなんです!」


「あなたはどうやらカサンドラ症候群のようですね」


「サザンドラ症候群……?」

「ポケモンじゃないほうです」


「先生、それはいったいなんなんですか?

 薬で治るんですか?」


「精神的な疾患なので薬による根本的な治療は難しいです」


「回復魔法では?」

「それで全部治ったら異世界に医者いらないよね」


「先生、お願いします! どうすれば治るのか教えてください!」


「それにはまずあなたの症状を詳しく知る必要があります。

 話してくれますか。どうしてあなたがカサンドラ症候群になったのかを」


「わかりました……」


思いつめていたヒロインはぽつりぽつりとエピソードを話し始めた。


「最初は、新しいヒロインが加入したときでした。


 その頃は私はまだ最初のヒロインということで重宝されてたんですね。

 ときおりお風呂を覗かれるくだりなんかもあったりして、二人の関係はアツアツです。

 なのに、なのにですよ? 急に主人公が新しい女を連れてきたんです」


「なるほど」


「最初はてっきり私に魅力がなくなったからかと思ったんです。

 で、いろいろアプローチを仕掛けたりしたんですが

 主人公の反応はあったりなかったりでまちまちなんです」


「……」


「もうけん制し合うような日々に疲れてしまって、

 私は主人公に告白したんです。私のことを好きなのかどうかって。

 好きじゃないなら、旅のメンバーから外してって。

 そしたら、主人公はなんて言ったと思います?」


「いや……」


「『え? なんだって?』 ですよ!?

 信じられます!? 人の心があるんですか!?

 確実に聞こえていたはずです! だって認識してるじゃなですか!!」


「落ち着いてください。それは単に主人公あるあるでしょう」


「まだあるんです。ある日主人公と武器屋さんに行ったときです。

 あ、これはVTRがあるのでフリお願いします」


「VTRスタート」


医者が正面を向いて言うと、回想がはじまった。



『いらっしゃい。兄ちゃん、可愛い子を連れてるね。彼女かい?』


『彼女なんてそんな……』


ヒロインは顔を赤くして照れた。

その横で主人公は……。


『親父、この店のものを見せてくれ』


『お、おお。ところで兄ちゃんたちは旅の人かい?』


『この剣はアダマン鉱石と金の合金だろう?』


『あ、ああ。よくわかったな……兄ちゃん』


『だと思った。やはり合金製は輝きが違うからな。

 このスペアオンラインはそこの歴史的考察を意識している。

 ステータスオープン。なるほどエンチャントは雷、EXPスキルは金色の加護か……』


ぶつぶつとクソデカ独り言をしゃべる主人公に武器屋の店主はあっけに取られていた。


『お嬢ちゃん、彼は……いつもあんな感じなのかい?』


『え、ええ……なんか……ごめんなさい……』


VTRが終了すると、ヒロインはまくしたてた。


「ということがあったんですよ!!

 なにひとつ質問に答えてないし、自分のことしか話さない!」


「単に自分の趣味の知識が深いということも……」


「ステータスオープンってなんですか!?

 一緒にいてもう結構たつのに主人公の言動のひとつひとつが意味不明なんです!」


「……」


「最初はちょっと変わった人だと思ってたんです。

 でも突然に『まるで将棋だ』とかとんちんかんなこと言ったり、

 なんだかよくわからない解説を一人ではじめたりするんです」


「それは……辛いですね……」


「説明の意味がわからないことは、勉強不足と思うんですけど

 周りの空気を読まずに自分の話したいことを打ち込んでくるのが

 本当に理解できなくて、周りにも迷惑かけるのが申し訳なくて……」


「あなたが気にすることじゃないですよ。

 そうしてあなたが責任を感じてしまうから病気になるんです」


「極めつけは、つい昨日ことです」


「まだあるんですか」


「突然に主人公がクエストを受けてモンスターを倒しに行ったんです。

 まあ、ここまではわかります。それでもなんの説明もなしに

 思い立ったら相手の都合も考えるところはちょっとありますけど……」


「続けてください」


「で、そこのモンスターを倒すことになって、

 対象のモンスターは親子だったんです。

 それを見た主人公は倒さずにクエストを終わらせたんです」


「優しいじゃないですか」


「その後、クエスト未達成を報告したらギルドの人が怒ったんです。

 "あのモンスターで被害も出ている"とか。すると主人公は……」


「事情を話したんですか?」


「いえ、殺しました」

「はっ!?」


「"人間の都合で親子の命を奪う権利なんて誰にもない!"と、

 その場で説教をはじめたんです。


 でも、その殺されたギルドの人にも親がいたわけじゃないですか。

 というか、なんで自分に反論する生物には容赦ないんですか……」


「怖い……」


「そもそも、異世界にきたよそ者が急にラスボスを倒すと

 一念発起するとか怖すぎませんか? 進んで人殺しするのと一緒ですよ。

 もうそれきり怖くなって、逆らえなくなったんです」


「ツンデレがあなたの特徴なのに……」

「はい……」


ひとしきり話し終えたヒロインはぐったりと疲れていた。


「先生、私はどうすればいいんでしょう。

 もう主人公が人の皮をかぶった別の生き物に感じるんです。

 私の理解が及ばない存在と一緒に旅をするなんてもう……」


「いいえ、手はあります」


医者はヒロインの肩をがっしりと掴んだ。


「あなたはまだ相手への理解の入り口にしか立っていません。

 もっとよく主人公を見てあげてください。

 どういうタイミングでキレるのか、なんでそういうことをするのか。

 どういった思考ルートで何をしようとしているのか。

 それこそ、取扱説明書でも作るくらいにしっかりと観察するんです」


「観察……」


「そうすれば、あなたが理解できないと目を背けていた行動にも

 だんだんと整合性や理解の糸口が見えてくるはずです。


 意味がわからないと怖がらないでください。

 主人公には主人公の見え方や考え方があるんです」


「はい……」


「そして、あなたは自分のことも理解してください。

 自分はどうしてほしいのか。主人公になにを求めているのか。

 それを理解することで、相手との理解のミゾが見えてきます」


医者の話を聞いたヒロインはうんうんとうなづいた。


「わかりました、先生。私が主人公と一緒にラスボス倒す旅を続けるには、


 理解を超えた言動を繰り返す主人公をしっかり観察して勉強し、

 かつそれらすべてを解説できるほどに深く理解いたうえで、


 自分の考えを理論的かつ客観的に分析して

 主人公とのすれ違いをきちんと理解する必要があるんですね!!」



「そうです! それらができれば、

 あなたはもうカサンドラ症候群から抜けられます!」


「がんばります!!」


ヒロインは決意を新たに旅へ出た。

しばらくしてラスボスが倒されると、ヒロインが医者のもとにやってきた。


「おめでとうございます! カサンドラ症候群が治ったんですね!

 ついに主人公のことが理解できたんですね!」


ヒロインは嬉しそうな顔で答えた。





「いいえ! 自分が強くなってラスボスを倒して、

 主人公パーティを脱退するほうがずっと楽で早かったです!!」

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