原点の神秘
夜表 計
第1話 紹介状
針葉樹が生い茂る森へと続く道を歩きながら、配達員の青年はかじかむ指先を手袋の上から息をかけ暖める。
まだ冬も始まっていない秋口でも、ここロアナキアの北東に位置するコラット村ではすでに雪が降り始めていた。
木々の間をずっと歩いていると、ツイナの森の入口に建てられた家が見えてきた。
戸口の前でフードを脱ぎ、服に付いた雪を払い落とし配達員は軽くノックをする。
少し後、中からブランケットを羽織った淡い髪の女性が出てきた。
「こちら、アムルダからの手紙です」
配達員はカバンから一通の手紙を取り出す。
淡い髪の女性は隣国からの手紙に驚きながら、その手紙を受けとる。
「そう、ご苦労様。よかったら温かい飲み物でも飲んでいってください」
この寒空の下、村の端まで届けに来た青年を労おうと家の中へ招くが、まだ仕事があるからと、青年はフードを被る。
「そう、気をつけて」
配達員を見送り、女性は届いた手紙を再び見る。蝋で閉じられたそこには、王立魔術学校の紋章があった。
「そろそろ、外の世界を見せる時なのかもしれないわね」
そう小さく、森の奥を見つめながら呟く
葉のほとんどが落ちた木々に隠れ、灰色の髪のバルザとその息子レイスが獲物の様子をうかがう。
「気配を消そうとするな。お前は木の一部だ。この森の、この自然の一部だ」
獲物に気取られないようにバルザが小さな声でレイスに助言をする。
レイスはその言葉を自らの内に浸透させ、僕は木、僕は草、僕は土、と自己暗示をかける。
すると、だんだんとレイスの吐く息が白くなくなり、かすかに震えていた手も治まる。
少し息を吸い、止める。矢を引き、狙いを定める。
「その矢に込めるのは殺気じゃないぞ。鋭さだ」
レイスはもう一度その言葉を頭の中で反復する。
矢尻の先は獲物であるスノーホーン(白い毛並みと白い角を持った鹿)を狙う。
レイスはゆっくりと息を吐き、矢がスノーホーンの体を突き抜け奥の木に突き刺さるというイメージを矢に乗せ、放つ。
放たれた矢はスノーホーンの首に命中し、勢いが消えることなく貫き、奥の木に深く突き刺さる。
首を貫かれたスノーホーンは痙攣しながら雪の上に倒れる。
レイスはすぐに倒れたスノーホーンに駆け寄り、腰のナイフを抜く。
目が合った。レイスは目を反らす事なく、自分を見つめる一個の命をその目に焼きつけ、ナイフを心臓に突き刺し命を断つ。
鼓動が消えナイフを抜くと、緊張が解けたのかレイスは深く白い息を吐く、と同時に体の震えも戻って来た。
「上達したな。レイス」
雪の上に座り込むレイスの頭をバルザは力強く撫でる。
「うん、なんとか出来たよ。父さん」
緊張と興奮と達成感の喜びが体の内側に広がるのをレイスは感じた。
狩り事態はバルザの後を付いて何度も見ていたレイスだったが、この日初めて自分の手で狩りを行った。
「それじゃあ、帰るぞ」
レイスは頷き、二人でスノーホーンを太い棒にくくりつける。
縄でスノーホーンを結んでいると、バルザは自分達を見つめる気配に気付く。そして、その主を見つけた。
「………セデフィウ…」
父のその小さな呟きにつられ、作業の途中だったレイスはバルザがある一点を見つめているのに気付く。
その方角へと目を向けると、最初にレイスが感じたのは圧倒的な存在感だった。その姿はスノーホーンに似ていたが違う。純白の毛並みは同じだが、威風堂々たる風貌は他のスノーホーンと一線を画し、何よりその角はこの世のものとは思えない程の存在感をかもし出していた。
「―――綺麗―」
蒼白く光るその角を、星のように柔らかく温かなその角を見て、そうレイスは無意識の内に言葉がこぼれていた。
「レイス、手を止めて着いてくるんだ」
僅かに緊張の混じった声だったが内心、バルザは喜びでいっぱいだった。
バルザの後を着いていくレイスはその獣の大きさに驚きを隠せないでいた。その大きさは優に3メートルは越えていた。
「久しぶりだな、セデフィウ」
バルザは親しげにセデフィウの額を撫でる。
『少し老けたな、守人よ』
声が響く。それはバルザだけでなくレイスにも届いていた。
「そりゃあ、あれからもう20年は経ったからな」
少し悲しげではあるが、バルザは嬉しそうに笑う。
『そうか。それでその子は』
「あぁ、この子は俺の息子でレイスだ」
呆気にとられるレイスを余所にバルザはセデフィウに紹介する。
「レイス、この獣は森の守り神。神獣セデフィウだ」
『名ばかりであるがな』
セデフィウが鼻先を近づけレイスの顔を覗きこむ。
「……本当の、神獣」
レイスはセデフィウの鼻に手を伸ばす。指と指の間に柔らかな毛並みの感触が伝わる。
『良い子だ。とても優しい』
「あぁ、自慢の息子だ」
レイスの頭を撫でながら、バルザはどこか遠い目をする。
『お守りに私の角の欠片をあげよう』
「え、もらっていいの」
少し遠慮がちだったレイスの表情は一気に明るくなる。だが、バルザは喜んではいなかった。
「大丈夫なのか?」
欠片とは言え、神獣の角であり、その魔術的価値は計りしれない。魔除けとしては最上級のものだが、同時に精霊や妖精を集め易くなってしまう。精霊は人に危害をくわえる存在ではないが、妖精は時に人を拐う等をする。バルザはそれを心配している。
『この子なら大丈夫、心配ない』
多少不安を残しながらもバルザは神獣セデフィウの言葉を受け入れる。ナイフを抜き、セデフィウの角を削り欠片を貰う。
欠けてもなおその輝きは失われず、その美しさを保っている。
「レイス、大事にな」
欠片をレイスに渡す。受け取ったレイスは割れ物を扱うように慎重にポケットの中に入れる。
「ありがとう、セデフィウ」
『構わないさ。そろそろ夜がくる。もう帰りなさい』
空は変わらず灰色の雲に覆われているが少しずつ影が薄くなっていた。
「あぁ、そうするよ」
セデフィウは踵を返し、森の奥へと戻っていき、二人は狩ったスノーホーンを担いで帰路に付いた。
原点の神秘 夜表 計 @ReHUI_1169
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