幕間7-1:ふりだしにもどる

 第10コロニーF地区、異生研本部のさらに奥にそれはあった。

 まるでシャワー室のような外見の装置が、所々青いラインを光らせながら佇んでいる。

 エジリ・ダントを倒したアイネとひよりん姉妹は、目的のデータサーバが破壊されていたと知り、もはやこのエリアに要はないとみなした。だが、一つだけ無事だった区画があり、何かあればと思い足を運んだ。その成果は、いい意味で3人の予想外の物であった。


「第7コロニー【温室】への転送装置。まさかこんなものがあったなんてね。ひよりん、これ、どこに飛ぶかわかる?」

「うん、解析してみるよお父さん」

「あたしもお姉ちゃんを手伝う」


 長い間使われていなかったであろう機密空間には所々埃が積もっていたが、機器自体は正常に動くことを確認した。

 第8コロニーでディスクの背後から情報処理能力を見て「模倣」したひよりん姉妹は、それぞれの機器にアイネが持っている端末を借りて接続し、内部情報を読み取り始めた。

 幸い、中央サーバが止まったからか、セキュリティロックは外れていたが、機器自体の動きには支障はなさそうだった。


「ん~……接続座標がいくつかあるけど、どう?」

「お姉ちゃん、これダメ。既存設定の転送先が水没してる。ワープしたら*うみのなかにいる*の状態」

「あはは、それはこまるね! 私たちじゃ死ぬことはないけど、濡れるのはやだよね!」


 妹日和は、術を駆使して転送先の状態を調べてみるも、ワープ先はなぜか水没しているようだ。


「それ以外は?」

「接続先変更には『女帝』の権限が必要ってあるけど…………なぜか権限はずれてる」

「また女帝か~。エジリちゃんがゾンビになったのも、何か関係があるのかなぁ?」

「ええっと…………それは何とも言えないけど、似たような座標なら……………あっ!」

「どうかしたのかしら」


 他のワープ先を調べているうちに、妹日和が何か驚く発見をしたようだ。

 アイネが何事かと後ろから覗き込んだ。


「ここなら大丈夫。どこよりも安全に飛べる。けど…………」

「けど?」

「…………行ってみればわかるよ」

「もったいぶらなくていいじゃない、ひよりん! でも安全ならまあいっか」

「いいわ。あなたを信じる。転送装置を起動して頂戴」

「うん……」


 こうして3人は、転移装置を起動し、目標の場所へと移動した。

 コロニー間の移動は、本来許可された手段以外は安全保障上の関係で禁止されているのだが、これを作った組織――――すなわち異世界再生機構は、それを平然と破っていたことになる。


 さて、3人は転送装置で、無事目標の座標についたわけだが…………確かにそこは驚かざるを得ない場所だった。


「あ……ここ、二人と出会った場所」


 意識が戻ってから感情があまり揺れ動かなかったアイネも、思わず感嘆の声を上げた。

 彼らが降り立ったのは第7コロニーの――ひよりん姉妹が封印されていた謎の装置の前だったのだから。装置の周りは相変わらず朽ち果てており、あれ以降誰も立ち入っていないことを物語っていた。


「また、戻ってこれたんだ」

「お父さん……」「父さん……」


 アイネがここでひよりん姉妹と出会ってから、まだ1ヵ月と経過していない。

にもかかわらず、なんだか数年ぶりに我が家に戻ってきたような、懐かしい思いが込み上げてくる。


(私はここで「お父さん」になったわけだけど)


 短い期間とはいえ、アイネは果たして父としての役割をこなせていただろうか。

 戦いの技術だけはめきめきと上達しているものの、それ以外は…………


 アイネは、うんっと腕を伸ばし、息を深く吐いた。

 彼女は結局何も成し遂げられなかった。師匠に会うこともできず、異世界再生機構を追うこともできず、ひよりんたちの残りの姉妹は、その手で討ち果たしてしまった。


「ごめんなさい二人とも。お父さんが不甲斐ないばかりに、何もできなかった」

「ううん、お父さんのせいじゃないよ。むしろ、お父さんがいなかったら、私たちはまたここに戻ってこれなかった」

「そ、そうだよっ! 父さんはあたしたちの為に、色々無茶してくれたじゃない! だから……また置いてくなんて言わないで」

「…………二人とも。こんなお父さんで本当にいいのかしら?」

「あはは、今更だよお父さん! いやだったら私はとっくにエジリちゃんと一体化してるって!」

「たとえお父さんが世界の敵になっても、あたしはずっとはなれないんだからねっ!」


 二人の言っていることに、偽りは全くない。

 彼女たちはすでに運命共同体であり、お互いに見限ることなどできるはずもなかった。

 ひよりん姉妹は、アイネがいなければ生きる目標を見失うし、アイネはひよりん姉妹がいなくなれば、今にも自分の中の「何か」が膨れ上がり、すべてを塗りつぶしてしまいかねない。


「……よしっ、とりあえずここまで来たからには、ウルクススフォルムに戻ろうか。もう私たちの私物は残っていないって聞いているけど、それでもお世話になった人たちに無事な顔を見せてあげなきゃね」

『うん!』


 こうして3人は、かつてお互いが出会った研究所の遺跡から外に出た。

 第7コロニーの温暖な気候と潮風が、彼女たちを温かく迎える。

 何もできなかったが、彼女たちは生きている。ならば、何もできないわけではない。


 アイネたちは手を取り合って、ぐんと空に舞い上がった。

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