とある虹の結末 後編

 殺気ではない。どちらかといえば、父親に叱られる――そんな雰囲気だった。


「二人とも、よく頑張った。けど、もうあなたたちが傷つく必要はない。すべて私に任せなさい」

『…………』


 ひよりん姉妹は黙って頷くほかなかった。

 姉妹との決着は自分たちの手で付けたかったが、このままでは共倒れになることは明白である。ゆえに、あとは父親に処遇を委ねるほかなかった。


 対するエジリ・ダントは、目の前に立ちはだかる存在のことが理解できずにいた。

 先程奇襲した際に瀕死まで追い込んだ天使は、平均以上の実力はありそうだったが、明らかに自分よりは格下だったはず。こいつのせいで、自分の半身たる姉妹たちは育つうえでむしろ足枷になっているのではとすら思ったほどだ。


(エシュ兄は言っていた。天使というのは意地汚い金の亡者で、獰猛で、生かしておけば何をするのか分かったものではない、世界にこびりついた汚辱の最足るものだって)


 瞬間――――赤と青の光がエジリに一斉に襲い掛かった。

 またしても視界が虹色に塗りつぶされる。


「うおおおぉぉぉぉぉっ!!」


 感覚を研ぎ澄まし、右の太刀と左の小太刀で迫りくる光の斬撃を打ち破って前進しようと試みる。


「え? 何これ?」

「ちょ……ちょっと父さん!? これはいったい!?」


 すると、守られているはずのひよりん姉妹も、とてつもない違和感を覚え目の前で何が起こったのかを理解できなかった。

 赤と青の光の乱舞が重なり合うように走り、エジリの体が四方八方からズタズタにされる。そして、体の一部が虹の粒子となって飛び散った。


「なるほど、これは便利な力。初めて使ったけど、結構になるものね」

「この――――」


 体力を一気に失う大ダメージを受けたエジリは、ボロボロになりながらもなんとかその場に立ち上がった。

 肉体が所々抉られ、虹色の切り口が顔をのぞかせている。


「おい……お前たちはいいのか。お前たちの目の前にいるのは…………世界を破滅させる存在だぞ。それでも、そいつとともに歩むのか?」


「妹達にして私の半身。あなたが大切な人を見つけたのと同じように、私たち姉妹はどんなことがあっても、お父さんについていくわ」

「うっ……えぐっ、ごめんね。もう一度四人で遊びたかったけど、これでお別れ…………」

「大丈夫よひよりんたち。魂はきっと、行くべき場所に導かれるものだから」


 アイネの陣営はもう勝った気でいる。だが、それも当然だ。

 エジリは目の前の存在の攻撃の正体が全くつかめないのだ。いや、それどころか向こうにいる姉妹ですらも、もはや父親を止めることは不可能だと悟っているようだ。


「ならばせめて――――」


(せめて、エシュ兄に……道筋を残しておきたい。これが、私の――交差路へ至る最後の道!)


「――運命を変える!! 屍兵エジリ・ダントは永遠に進む!!」


 真名開放。七本の虹の竜をその身にまとい、エジリが跳ねた。

 二本の斬撃線を両手の刀で切断、その直後に4つの虹の竜がかき消された。

 さらにもう一歩、そしてもう一歩……一歩一歩が、エジリにとって常に最高の状態だ。

 もはや天使の傀儡になり下がった半身たちと、実力差はけた違いになっている。それでもなお、天使へ刃を届かせるには距離が足りない。


 10歩進んだところで、鋭化した日本刀が破壊される。すぐさま新しい刀を生成したが、驚くことに生成した日本刀はすでに折れていた。いや、そもそも右手が丸ごと吹き飛んでいた。

 なぜか?

 青い光線で日本刀を破壊され……青い光で新たに生成した日本刀が折られて?


(そうか! そういう事か……!! これは「重ね技」だ!)


 エジリは高速思考の末、ついにアイネの攻撃の正体の一端をつかんだ。

 全体から見れば0が1になった程度……しかし、0には何を掛けても0なのに対し、1あればまだこの世界は終わらない。


(エシュ兄ぃ……私は、私はっ!! 運命の交差路で、待っている)



 第10エリア、F地区が壊滅した。

 幸い動力は無事だったが、ありとあらゆるデータサーバと研究機材が片っ端から吹き飛び、研究所全体を覆うドームだけが、空虚な空を覆っていた。


 屍兵エジリ・ダントは消滅。その魂も、ひよりん姉妹の元に戻ってくることはなかった。


「お父さん。本当に、ごめんなさい」

「父さん……とうさぁん! ぐひゅっ……えっぐ」

「いい子ね、二人とも。妹のことは残念かもしれないけど、これもまた決断の結果」


 背中の羽が6枚になったアイネは、それと引き換えに随分と声が冷たくなっていた。


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