とある虹の結末 前編

 ひよりん姉妹は、自分たちの半身と出会った時から直感で気が付いたことがある。

 屍兵エジリ・ダント――彼女の戦闘センスは明らかに自分たちを足した合計を上回る。エジリの師は、よほどうまく彼女を育て上げたのだろう。世の中は結果がすべてであり、いくら理屈をこねても覆しようはない。


(だから、力を出させないことが肝だった)

(個体の差が……決定的な戦力の差じゃない!)


 エジリはすべてにおいて自分たちを上回っているわけではない。こちらの方が得意な分野は多い。ならば、自分たちが得意とする分野で勝負を強制し、相手の力を削ぐ。アイネが巨大ロボットとの戦いで示してくれた、戦い方の転換点だ。


(驚くほどうまくいってた。魔力が無尽蔵な私たちには、消耗戦は有利)

(振り回す! 引きずる! お父さんを殺そうとするような妹はいらない!)


 ――――が、最後の最後で、姉日和は……長い間離れ離れになっていた妹たちに情が湧いてしまった。

 父親は、どれだけの善意に裏切られたのか、その目でしっかり見てきたはずなのに。


××××××××××××××××××××××××××××××



「ハハっ…………! ハハハッ!! 私はエジリ・ダントだ。それ以外の何物でもない――」


 エジリ・ダントは、突然すべてが吹っ切れたかのように、力を取り戻した。すべてに中途半端に力を注いでいた方針を一瞬で転換し、その場その場の最適解にリソース配分を変換するというすさまじい戦い方で、ひよりん姉妹の小細工を全く寄せ付けなくなったのだ。


「姉さんっ! こいつっ!!」

「……最後まで信じたかったのにね」

「それが怠慢だって言ってるのーーーっ!!」


 が、わずか十数秒の攻防。その間に、ひよりん姉妹にも急激な変化が表れ始めた。泣き顔ではなく、苦虫を嚙み潰したような苦渋の表情を浮かべる妹日和と、攻撃的な笑顔を見せる姉日和。

 苦しい展開だったが、まだ敗北は決まったわけではない。


「運命を――――踏破する」

「運命なんて、死人の言い訳よ!」


 日本刀を包む水のリボンが容易に切り裂かれ、逆袈裟に振り上げた津波の刃は、業火に打ち消される。五行相性の逆転――――姉日和が砂神剣の斥力照射で間一髪攻撃をそらしたが、一歩間違えば妹日和は大打撃を受けていただろう。


自食オートファジー……体力を魔力に変換しているというの?)


 エジリの魔力は底をつきかけていたはずなのに、有り余る自身の体力を魔力に変換し、それをもって攻撃に転換する。もはや戦い方がゾンビのそれであった。

 それに、削った体力は制御したアドレナリンが修復する。これぞまさに、疑似的な永久機関であった。


「私は負けない――――闇を濃く映す虹の力を見よ!」

「……姉からの最後の手向けよ。苦しませずに眠らせてあげる」

「いいや、ひよりんが…………いや、あたしがこんなやつひねりつぶしてやるっ!」


 もとは同じ根から生まれた者同士、近くにいると互いに与える影響は顕著なのだろう。幼いままだったひよりん姉妹の精神年来が、戦いを通して一気に進み始めた。

 対するエジリも、熱しやすい性格が徐々に落ち着き、的確に戦場の判断をこなせるようになった。エシュは熱い男だったが、その熱は蒸気のように吹き上がって霧散するのではなく、マグマのように静かに滾っていた。


 砂嵐が、激流が、業火が、相手の魂を食い破らんと衝突する。

 強大なエネルギーのぶつかり合いは第10コロニー全体を震わせた。

 一般の研究員たちはわれ先に避難し、コロニーマスターは数式エラーを起こして人類抹殺計画が450年分遅延した。



 だが、決着はあっけない形で訪れた。

 ここにあってここにないもの。そんな、ロマンのない差で終わるには惜しい幕引きだった。


「姉さん、そっちはっ!?」

「――く、これは!」


 わずかに隙を見せたと思われたエジリに、瞬時の判断で蹴りを入れようとした姉日和。だがそれは、今の今まで使うことがなかった――ブリッツクリーク。残像の位置の逆転。

 エジリ日本刀の軌道が、姉日和をとらえる。目標は、体内にある永久魔術機関。

 刃が柔肌に食い込む…………直前。


 押し寄せる轟音とともに、エジリの視界が虹に染まり、全身を強く打ち据えられて弾き飛ばされる。


「子供のけんかに、親が出てくる――か」


「お父さん!」「父さん!?」


 ひよりん姉妹の背後から、強烈なプレッシャーを感じた。

 両手に構えた虹天剣。そこから放たれる赤と青の光が、鞭のようにヒュルリヒュルリと唸っていた。


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