虹翼天使アイネ…「アッシュワールド・ハンター」

南木

プロローグ

 雲一つなく澄み渡る空、暖かな陽気、吹雪のように舞う桜の花びら。

 あくびの一つしたくなるような心地よい空気も、1年を通して変わらぬまま続けば、いつか飽きて何も感じなくなるものだ。


 赤レンガで組まれた壁と門を境に、今……2つの集団が対立している。

 「私立マリミテ女学園」と書かれた立派な校札が掲げられた校門の内側には、白を基調とした清楚な制服を着た女学生たちが、必死の形相でライフル銃や薙刀を構えている。そして、その向かい側では様々な種類の制服を着た男子生徒たちが、なにやら女生徒たちを懸命に説得しているようだった。


「だ、だからさ……! 俺たちは今までの男たちとは違うんだって! ほら、この通り、クライネからの招待状もあるんだし……!」

「僕は……君たちを傷つけたくないんだ。お願い、入れてほしい!」


「ば、バカ言ってんじゃないわよ! この学校はどんな理由があっても、男は入っちゃいけないのよ!」

「そうですっっ! その招待状も偽物に決まっています!」


 ここ、私立マリミテ女学園は…………第8コロニー「スクールデイズ」の一角にある、世界で唯一の「女子高」である。「女学生はチート男子たちのアクセサリー」とまで言われるほど女子の人権が失われたこの世界で、顔が並以上の女学生たちが安心して勉学に励める唯一の場所として君臨している。

 チート学生たちによって果て無き抗争が繰り広げられる第8コロニーの中で、徹底した「中立」を掲げており、ほかの学校に喧嘩を売らない代わりに、どの組織にも味方をしないという鎖国政策で女生徒たちを守ってきた。


 だが、それでも天狗になった転生男子たちは、手つかずの性奴隷を求めて、日に何度もマリミテ襲撃を企てる。そして、女生徒たちもこうして自衛のために武器を振るう。

 マリミテ女学園を囲む壁には、作者不明の「空間断絶結界」が張られており、一つしかない校門以外からの出入りは不可能。なので、学校に入ろうとする者たちは、校門を通らざるを得ないのだ。


「ねえ……この通りだ。俺は君たちのことを思って……」

「そ、それ以上近づくと撃つわよ! みんな、構えて!」


 自衛を担う「マリミテ女学園風紀委員」たちは、男子撃退に慣れている熟練の兵士たちなのだが……この日はどこか歯切れが悪い。号令は上ずり、銃を持つ手は震え、何かをこらえるように体を震わせている。


 そう、いま彼女たちの目の前にいるのは「ハーレム系」のチート能力を持つ、女学生たちにとって最も厄介な敵だった。目を合わせるだけで胸の鼓動が高まり、なぜか無条件で受け入れてしまいそうになる理不尽。

 風紀委員たちは必死にこらえているが、敵が一歩一歩近づいてきてもライフルの引き金を引けない。


 伝統ある私立マリミテ女学園の女学生たちは、このままハーレムのバイキング要因にされてしまうのか!? いや、彼女たちには心強い味方がいる!


「みんなーーーっ! 遅れてごめんっ!!」


 マリミテ女学園の校舎がある方向から、桜並木の中を人影が一つ猛スピードで駆け抜けてきた。


「やっと来てくれたのですね、お姉さま!!」

「まさか!? ……や、奴だ!」


 たった一人の登場によって、女生徒たちは一気に士気を取り戻し、対照的に男子生徒たちは一気に狼狽し始めた。


「とうっ! 私、総勢一名参戦!」


 白い羽をまき散らして両陣営の間に降り立ったのは、背中に4枚の白い大きな翼を生やした女性――――アイネだった。

 180㎝という女性にしてはかなりの長身と、踵まで伸ばされた非常に長い黒髪、そして深い赤色の瞳が特徴的で、相対する相手に強烈なプレッシャーを与える見た目をしている。ただし、その胸は「断崖絶壁」であった。


「間抜けな顔してノコノコ現れたわねテンプレ男子ども! うちの子たちに手を出そうったってそうはいかないわ!」

「ちょっ……まっ! 誰がテンプレだ!」

「問答無用っ!」


 魅了チートが効かないイレギュラーが現れ混乱する男子たちの群れに向かって、アイネは背中の翼を大きく羽ばたかせる。すると、大量の白い羽が嵐のようにまき散らされ、男子たちを包む。


「な、なんだ!? 目が、目がぁ〜!」


 白い暴風に襲われ、まるで楽天カードマンのごとく目を羽でおおわれた彼らに、間髪入れずアイネが攻撃を仕掛ける。両手に、柄の長い十字架のような杖を持つと、手あたり次第敵の身体を殴っていった。

 まるで舞い踊るように敵を蹴散らしていく姿は、まるで映画のワンシーンのような迫力と美麗さに満ちていた。


「だ、だめだ! 強すぎる!」

「覚えてろ!」


 自分たちの強さ、それに魅力に圧倒的な自信を持っていた男子たちは、あっけなく撃退された。女生徒たちは歓声を上げ、アイネの強さを讃えた。


「みんな、怪我はないわね! 誘拐された子もいない?」


「さっすがアイネお姉さま! もう駄目かと思いました!」

「私、お姉さまになら抱かれてもいい!」


 称賛を浴びて、無い胸を張るアイネ。

 彼女は今日も、いつも通り女学園の平和のために戦い、いつも通り撃退した。


 自分の生き方に悩んでいた過去は遠く、自分を必要とする居場所に満足していたアイネだったが――――まさかこの日が、女学園で過ごす最後の日になろうとは、この時彼女は、まだ微塵も思っていなかった。

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