7-11 遅いね
あやかさん、何かを感じて、立ち止まった。
そこからは、草地がちょっと平らになっていたので、道も広くなり、二人並んで立っている。
「どうしたの?」
と、おれが聞くと、
「わからない…。
でも、なにか感じるの…」
と、あやかさん、遠くを見たまま答えた。
「なんだろう…。
さっき言っていた、違和感?」
「ええ…、その違和感が強まったような…。
でも、これって…。
そう、なんだか視線のような感じなのかな…。
何なんだろう…。
視線だとすると…、あっちの方から…なのかな?」
あやかさんが指さした方、正面より右手…、北東の方角。
やや登り坂になった草地が続き、山荘よりずっと右側奥、草地が終わり、林になっているあたり。
でも、その林、あやかさんが指さしたあたりは、その左右の、ほかの部分と特に違いはないし、その手前の草地にも、何ら、周囲の草地との違いは見られない。
見た感じだけだと、…よくわからないけれど…、誰もいなさそうだ。
視線、と言うと、林の中に、誰か隠れているとでもいうのかな?
でも、そんなの、わかるはずないし…。
その林に覆われた山の尾根の上には、灰色がかった空の雲。
うん?
あれれ…。
空全体、切れ目のない雲なんだけれど…、でも、いわれてみると、確かに、その尾根の上の雲だけ、なんだか、変な感じがしないこともない…。
ただし、それは、あくまで、妙な気持ちを引きずるだけのこと。
しっかりと見つめても、雲は雲、全天を覆う雲の一部であって、見た目としては変わったところはなにもない。
「あそこの雲…、確かに、変な感じもするんだけれど…。
でも、何が変なのか、ちょっとわからないな…」
「そうなんだよね…。
どうしたんだろう」
ちょっとあやかさん、いつもの、あふれる自信がない感じだ。
「妖結晶を見る見たく、目の色でも変えて見てみると、違うかな…」
と、軽く提案したら、いきなり、例の波動が来た。
でも、その波動は、さっき、ドローンを落としたほど、強いものではなかった。
おれの話を聞いた途端、あやかさん、即実行と、『神宿る目』になった、ということなんだろう。
当然、その影響で、おれの目の色も、たぶん、濃いセピア色に変わっているはず。
「あっ」
とあやかさんが声を上げたのと同時に、おれにもそれが見えていた。
おれ、それを認識できた途端に、ザワッとしたものが体を走り、さらに ゾクゾクッと寒気がし、ブルッと震えた。
怖い…。
山の稜線の上、灰色の雲の中に、巨大な煙突のように、大きく空に伸び立った龍…、いや、あれは妖魔だ。
半分透き通ったような感じで、やや青みがかってはいるが、体は雲の色。
その巨大で、長い体の上で、おれが絵に描いたあの顔が、じっとこちらを見ている。
目だけが、金色に輝いている。
雲の中、山の稜線と顔の中間あたりの高さには、手と思われるもの、…あの、よく、龍を描いた絵などで、珠玉を持っている、あの、体の割には小さな手が見える。
ちょっと、指先が動いている。
一つ、ゴクンと、つばを飲み込んでから、
「あれ…、妖魔だよね」
と、おれ、あやかさんに。
「ええ、そうなんでしょうね…。
本物の顔、初めて見たよ…。
どういうつもりなんだろう…」
「こっちを…、おれたちを見ているよね…」
「そうね…。
うっ、あいつ…、今、笑ったような気がするんだけれど」
「あれが、笑いだったか、どうか…、
おれ、わからないけれど…、
でも、なんか、挨拶された感じだよね」
「笑われたのよ。
やっと、気がついたのかい。
遅いね、ってね」
「なるほど…。
それ、納得。
そういえば、あそこ、たぶん、妖魔洞窟のあたりだよ」
「なるほどね…。
来いって言ってるような気もするけれど…」
「来いって…洞窟に…かな?」
「そうでしょうね…」
「今、むこうから、ここに来られるよりは、そのうち行きますって答えておいた方が、いいかもね…」
「まあ、確かに、来られてもね…。
そうね…、洞窟に行く方がいいわね…。
あっ、消えた…」
妖魔は、ス~っと雲に溶け込むように消えてしまった。
「妖魔…、おれたちが洞窟に行くつもりになったので、気が済んだのかな?」
と、おれ、あやかさんに言うと、
「フ~ッ、今のを見たあと、すぐにそういうこと言う人って…、やっぱり、あなたは、あなたのままだった、ということね」
「うん?
すらっと難しいこと言うね」
「わたしはね、かなり、冷や汗、かいていたんだよ。
あんな大きいのが襲ってきたら…。
そう、これから、どうなるんだろうってね」
「確かに…。
今までになく、大きかったもんね…。
あれじゃ、ちょっと、退治できないよね」
「フフフ…、確かに、退治は、無理よね…。
ふ~…。
それにしても、すごく、大きかったね」
「うん、巨大すぎて…。
そうか、あの巨大な姿を見せるために、ここに、おれたちを
「誘き出す?」
「うん。ほら、敵のドローンを使って…」
「ふ~ん、それって、すべての動きを支配して、っていう意味で?
あなたって、そういう考え方も持ってるんだね…。
なるほどね…」
「まあ、よく、わからないけれど…。
でも、そこまでは、ちょっと無理筋だったかな?」
「いや、無理筋と言うほど外れてはいないかもしれないよ。
ドローン戦争になったのはいざ知らず、わたしが、歩いてこっちに来たいと思ったのは…、さっき、何かを感じたからだからね…」
「そうか…。
成り行きを利用したのかな?
いや…、はたまた、ドローンの墜としっこまで、ヤツが企てたのか…。
どうも、よくわかんないな…」
「わかるわけないよ。
これ以上考えるのは、あとにしよう。
なんだか、妖魔が消えて、ほっとしたら、急におなかが減ってきたよ。
さあ、行こう。
こんな寒いところで、じっとしていてもしょうがないからね」
あやかさんがまた歩きはじめたので、おれも隣について、歩きだした。
もう、目の色を変えてみても、山の稜線の上の雲には、何もない。
あれは、やっぱり、妖魔だったんだろうな…。
そうすると、あやかさんが言ったように、妖魔洞窟に来なさいよ、って、ことで、妖魔、それを言いに出てきたのかな?
あれ?それだと…、あのとき、いきますよって、約束したことに…なるのかな?
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