6-10 家に戻ろう
あやかさん、さゆりさんから、今は11月下旬だと聞いて、
「確かに、寒いことは寒いんだけれどね…。
でもねぇ、なんか、信じられないところもあるんだけれど…。
とはいえ、ここには、サーちゃんもいるし…、サッちゃんも…。
さっきと、ぜんぜん違うんだもんね…」
さゆりさんに、そう話したあと、あやかさん、急に黙った。
一呼吸置いて、おれの方に歩いてきた。
まあ、数歩の距離しか離れていないんだけれど。
あやかさん、おれの隣に座って、おれの手を取って、話し出した。
あやかさんの手のぬくもりが、心地よい。
「まだね、実感が湧かないんだよ…。
白く光ったようなのはわかったんだけれどね。
その前とあとで、半年近くも経っていたなんてね。
心配かけて、ごめんね…」
おれ、すごくうれしくて、何か言おうと思ったけれど、できなかった。
なんとか、目を開け、あやかさんを見て、微笑んだだけ。
まあ、微笑んだつもりなんだけれど、唇、引きつったように見えただけかもしれない…。
それから、30分近く、そこにいた。
浪江君が、あやかさんが消えたときの映像を、あやかさんに見せた。
そして、普段、おれが話していることを、実に正確に伝えてくれていた。
あの静止した間に、おれが考えたことなど、おれが話したことを、浪江君、正確に記憶していてくれていたことがわかった。
そのあと、さゆりさんが、今日までの大まかなこと…、サッちゃんについてもだけれど…、あやかさんに話した。
20分くらいして美枝ちゃん、戻ってきた。
美枝ちゃん、みんなに、連絡したことを報告。
お母さん、大喜びで、お父さんとお母さん、夕方までにはこちらに着くように、向こうを出るとのこと。
おじいさんとおばあさんも、もちろん大喜び。
おじいさんたち、沢村さんを連れて来るらしい。
有田さんは、今日帰る日だけれど、早めに戻ってくるとのこと。
そして、木戸さんも、デンさんも、島山さんも、静川さんも、昼までには出るとのことで、こんばんは、にぎやかになりそうだ。
洞窟の中は暖かい、とは言っても、そろそろ、家に戻ろうということになった。
まあ、みんな、おれの回復を待っていたわけだけれど、予想以上に時間がかかっている、ということで。
寒い中、北斗君が、おれのこと、負ぶってくれ、別荘に向かう。
胸が痛くて、負ぶわれるのも、けっこうつらいんだけれど、まだ、ちゃんと歩くこと、できそうにないし、『どうしても歩く』と言えば、のたのた過ぎて、みんなに心配をかけるし、迷惑もかかるだろう。
おれ、ようやく話せるようにはなってきて、北斗君から聞いたんだけれど、おれにとってはあんなに長かった妖魔との戦い、北斗君たちにとっては、前と同じ、白く光った一瞬だけ。
サッちゃんと一緒に、おれが砂場に飛び込むと、白く光った。
次の光景は、おれが両手を広げて、そのまま砂場にベタッと着地していて、その両脇で、あやかさんとサッちゃんが、砂を刺した格好で並んでいた、というもの。
あやかさんだ、と思った途端、突風のように感じる、何かが砂場に向けて吹き荒れ、砂場とその周りが、霜で真っ白になった。
その時、おれも霜の中。
やがて、霜が徐々に消えていった。
ということで、おれのあの働き…妖魔との大決戦、誰の目にもとまっていなかった。
ただ、真っ直ぐに、砂場の、あやかさんとサッちゃんの間に飛び込んだだけのように見られていた。
しかも、両手を広げての胴体着地。
まるで、これって、馬鹿じゃないの?といった感じだ。
だから、見ていたみんなには、砂に飛び込んだ衝撃で、おれが苦しんでいただけと思われたみたいだ。
まあ、確かに、砂に飛び込んだことは事実で、顔や胸は、メチャ痛いんだけれど…。
でも、これでは、まずい。
あの、みんなにとっては一瞬、その間に起こったことを、少しオーバにでもいいから…1週間くらいかかったようにしてもいいんじゃないの、と、思うくらいなんだけれど…、ちゃんと話しておかないといけない、と思った。
だってねぇ、あんなに重要な局面で、ただ、砂場に飛び込んだだけ…、しかも、プールにでも飛び込むように、頭から砂に飛び込むなんて…、これって、全くの…、アホちゃいまんか…だよね。
だからなんだろうね…。
どうも、おれへの、みんなの同情が少ないようなのは…。
もう、こうなったら
昼からビール…。
うん? ビール?
…そうだよ…、ビールだよ。
あやかさんが戻って、ビール解禁なんだよ。
よし、こういうときには、昼からだってかまわない。
帰ったら、ビールを飲もう。
北斗君に負ぶわれながらも、昼には、ビールを飲もう、なんて気分になってきた。
よしよし、ちょっと元気が出てきたようだ。
気持ち悪さが、かなり減った感じだ。
別荘までもうじきだけれど、北斗君に言って、降ろしてもらった。
でも、そのせいか、今度は、打ち付けた胸が痛い。
あばら、折れてないといいんだけれど…。
そう言えば、おでこと鼻の頭が、ヒリヒリする。
北斗君の背中から降りると、すぐに、隣りに、あやかさんが来た。
あやかさんは、ずっと、北斗君の後ろ…、だから、おれの後ろを歩いていた。
下に降りるなり、おれの右腕を抱きかかえるようにして、
「大丈夫なの?」
と、あやかさん、心配そうにおれの顔を覗き込む。
おれのすぐ近く。
しかも、この感触…。
幻ではなく…、絶対に実物。
本物のあやかさんだ。
おれ、いきなり、あやかさんを抱き寄せてしまった。
あ~あ、この感触…。
素敵だ…。
でも、胸、痛い…。
今日は、けっこう寒いのに、吉野さんが、別荘の門の前にまで出て、あやかさんが戻るのを待っていた。
あやかさんが近付くと、吉野さん、走り寄ってきてあやかさんに抱きついた。
あやかさんも、じっと、吉野さんを抱きしめていたが、この、吉野さんの様子から、あやかさん、この時になって、やっと事態の大きさを把握したらしい。
吉野さんの背に手を回して支えながら、急に、おれの方を見た。
おれとしては、『あやかさん、遅いんだよ』と、言いたい気持ちもないわけではないんだけれど…、だって、おれの、うれしくてしょうがない気持ち、さっき、抱きついてしまったくらいの気持ち、どうも、わかっていないようだったから…、でも、実感として理解するには時間がかかること、よくわかるよ。
おれ、ゆっくりと頷く。
あやかさん、コックリと頷き、また、吉野さんを、ギュッと抱きしめる。
吉野さん、あやかさんにしがみつくようになって、大泣きしている。
そうだよな…、吉野さん、普段となんら変わらないように、淡々と家事をやっていたけれど…、おれにだって、特に変わった態度を見せなかったけれど…、心配で、心配で、しょうがなかったんだろうな…。
吉野さんの傍に、美枝ちゃんとさゆりさんが寄り添う。
二人には、おれ以上に、吉野さんの気持ちがわかっていたんだろう。
そう言えば、ここの人たちは、あやかさんがいない間も、みな、おれに、普段通り接していてくれていた。
早く何とかしろ、なんて、せっつかれたこともなかった。
思いが深く、強い人たちなんだと、思う。
サッちゃん、ちょっと離れたところに立って、あやかさんたちをじっと見ているので、おれ、歩み寄って、後ろから、両肩をポンと叩く。
サッちゃん、振り向いた。
「ありがとう、ね。
おかげで、あやかさん、取り戻せたよ」
と、おれ、お礼を言う。
やっと言えた。
すぐにでも言いたかったんだけれど、何しろ、あの気持ち悪さだったので…。
「リュウ兄…。
もう、大丈夫なの?」
と、サッちゃん、おれのこと、心配してくれた。
「やっとだけれど…、まあ、何とかね…」
と、おれ、ニコッと笑って答えた。
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