ブックオフなのに本無ぇじゃーん

宇智田あこ

第1話 本ねえじゃん

 愛する妻が亡くなって1年。

 男はほんの気まぐれから、妻の実家近くにあるブックオフへと足を運んでいた。


 目を閉じれば鮮明に蘇る、この幸せが明日も続くと疑うことすらなかったあの日。いつも通り二人で夕飯を食べていると、妻が日曜日に彼女の実家に遊びに行こうと言い出した。なんでも、お義母さんが家のリフォームをしたらしい。前々から古くなって危ないと言っていたがようやく重い腰を上げたのかと笑っていると、それに感化されたのか、ふと自分もひとつ前々から気になっていたことをやってみたくなった。


「そういえば、確か実家の近くにすごい大きいブックオフあったよね」

「うん。あるけど、どうしたの?」

「大したことじゃないんだけど、実はブックオフ行ったこと無くてさ。せっかくなら行ってみたいなと思って。前から気になってたんだよね。本だけであの大きさって、下手な図書館より数あるんじゃない?」

「……お、いいね。じゃあ帰りに寄ってみこうか。結構広いけど、迷子にならないでよ?」

「いやいや、流石にこの年で迷子なんてならないって」


そう答えると彼女は、ほんとかな、といたずらっぽく笑った。僕の好きな表情だ。



 ───あれから1年。ようやく少し寝られるようになってきた。気持ちの整理はまだついていない。半年ほど前から仕事以外の時間はずっと、アルバムを捲り懐かしむように彼女と行った場所を巡り歩いている。そうして思い出にしがみついていなければ、自分がどこかへ行ってしまうような気がした。今日は水族館に行った。今日も彼女はいなかった。明日はどこへ行こうか。明日……そうだ、明日はあの日話していた日曜日だ。行く場所は決まった。


 車を走らせ、国道に乗って1時間と少し。青とオレンジの看板が見えてきた。大きいというのは分かっていたが、いざ近くで実際に見ると思っていたよりも大きくて少々尻込みする。それにしても、一体どれだけの本がこの中にあるのだろうか。自分では想像もつかないが、広さからして千は下らないだろう。今日だけで回り切れるだろうか。大きさに圧倒され店先でそんなことを考えていると、どのくらい経ったのだろう。ふと、店の中から客が一人出てきた。自動ドアの開く音で意識を引き戻され、なんだか無性に恥ずかしくなり足早に店内へと入る。


「いらっしゃいませこんにちはー」

「「いらっしゃいませこんにちはー」」

「「「いらっしゃいませこんにちはー」」」

 

店員の声が重なり響く。話に聞いたことはあるが、実際に聞くのは初めてで本当にそのままなんだなと感動すら覚える。久々に少しワクワクした。さあ、せっかく来たんだから本を探そう。気になっていた小説もある。今まで本など読む気にはなれなかったが、不思議とそんな気力も湧いてきた。そうだ、確か彼女も欲しい漫画があるとか言っていた。読んだ方が良いよと勧められたが結局読んでいないものもある。買って仏壇に供えてやろう。一緒に読もう。きっと喜んでくれるに違いない。さあ行こう。


 ……違和感。


突如、何か違和感を感じる。なんだ。ここにあるはずのないものが、いるはずのないものがあるような、そんな違和感。まさか。


「    ────っ!?」


彼女の名前が脳裏を過ぎり、辺りを見回す。彼女はいない。当然だ。しかし代わりに、同じく古本屋にあるはずのないものが見渡す限り一面に広がっている。


服だ。服が売っているのだ。


──否、服だけではない。CD、DVD、ゲーム機やカードゲーム、携帯に家電、食器、家具まである。しかし、本が、見つからない。いや、探せばあるのだろう。探せばあるのだろうが……ここから見える景色は、本以外で埋め尽くされていた。

 ブックオフと言っているにも関わらず、本以外の物が売っている事実。異様な店の大きさと、その答え。本が店に入ってすぐに見つからない。それだけで僕の頭は混乱しきっていた。

ああ、とんでもない初体験だ。いつもこうだ。彼女は僕をびっくりさせて混乱させるのが大好きだった。これを黙っていたのも、この反応を期待していたのだろう。そう思うと、なんだか途端に笑えてくる。またやられたよ!


「ブックオフなのに、本無ぇじゃーん!!!」


どこからか、いたずらっぽく笑うあの声が聞こえた気がした。僕の好きな笑い声だ。

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ブックオフなのに本無ぇじゃーん 宇智田あこ @hamu3254alot

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