第5話少年は森で…

何度見ても、壮大な光景だ。

 一周するのに一時間は掛かるだろうか。

 何千年と月日を見てきた隆々たる幹、空を覆うように伸びた枝枝、一本の大樹というよりは、様々な木々が折り重なって育っていったような姿に、街で感じていたものとは比べ物にならない神聖さが辺りを覆い尽くしている。

 大樹の上に、大きな社がある。

 奇妙な社。

 本殿は、大樹の中央、一番大きく開けたところに構えており、太い枝には、祠のようなものが幾つもあり、蕪の飾りが付いた朱色の階段や柱が大樹の形に沿って備えてある。

 灯篭が建物の渡り廊下や枝に無数に置いてあり、夜は森の中を優しく照らすのだろう。

 直径がトラック一台分はあろうかという程立派な注連縄が幹に巻きついている。

 本殿から渡り廊下や梯子でつながった建物は、俺のいるところからざっと見て、六つ。

 樹の裏側からは、また違う景色が広がっているのだろう。

 周りの木々が葉をさらさら鳴らして、木漏れ日は地面の草を美しく見せていた。

 青々とした草から、何か光るものが飛び出した。

 宝石が飛んでいるのかと俺は目を凝らした。

 それは、白く輝く蝶だった。

 目の前にそびえ立つ階段を見て、更に、その階段を刺しゅう糸のように感じさせる苔むした木肌を見て、俺は棒立ちになった。

 どうやって、この神社は建てたんだろうな。

 真下からでは本殿を支える樹からせり出した組木しか見えない。

 それも、かなり遠くにしか。

「おーい戻ったかー!」

 すると、本殿の方から何やら物体が降ってきた。

「おぅわあぁ!?」

 丁度、階段の十段目に足を乗せた瞬間、俺の方に向かってそれは流星の如く質量を位置エネルギーに上乗せして激突した。

「おっふ!」

 何とか両腕を出し、それを受け止めた俺だが、生憎それが身に付けている金属の装飾品が盛大に顎に衝撃を与えてくれた。ついでに、子鯨を抱いているみたいだった。重い、すっごく重い。とんでもなく重い。背後の地面に向かって今直ぐ投げ飛ばしたくなるくらいだ。

 大きな和太鼓を抱えるような感じで、俺はぎくしゃくしながらなんとか直立体勢を保っていた。俺は、今腕の中にいるのが何なのか、見なくても解った。

「ありゃあー」

 神社に着いて、俺を引っ張るのをやめ、先に階段を上って行った筈のキララが、上の段の方から此方を窺っているようだ。

「「ありゃー」」

 同じく、俺より先に階段を上っている二人も、キララと同じような声を上げた。

 できれば、手を貸してもらえないだろうか………

 だが、今の俺に声を発する余裕などなかった。腕がきりきりと警報を鳴らし、足の、特に太ももと膝辺りが大変危なっかしい状態になっており、一瞬でも気を抜いたら、俺は十段分の階段から落ち、階段の直ぐ下にある石畳に頭から突っ込むだろう。腕に抱えた荷物の下敷きになりながら。

「おーい、惇生。初仕事はどうだったー?」

 呑気に腕の中でもぞもぞと俺の名前を呼ぶ獏。

 伝説にしかその姿を見ることのできない、神様の使い。

 寸胴な体に、馬が付ける鞍のような金糸銀糸で織った布をたらし、紅白で捩じられた太い紐を背中で蝶結びにしたそれは、傍目から見れば可愛らしい姿だ。見た目に反して、重量がえげつないが。

 その上、かなり上機嫌らしくこっちはただでさえいっぱいいっぱいなのに、背骨が折れそうなのに、憎き落下物は今度は体を揺らしだす。

 人の気持ちを考えろ獏!

 おい獏!止めてくれ、ほんとに止めてくれ、俺腕がもげる!大事な腕が!重いんだよ!

 心の叫びは最高潮に達するが、同時に身体の叫びも最高潮に達している。

「おーい、聞いてるかー?」

 そして、何の前触れもなく、腕の中の神聖らしい生命体は大きくのけぞった。

 急な動きについていけず、俺は横に身体が浮いていくのを感じた。

「あ」

 俺と、獏は宙に投げ出され、身体が重力によって地面に吸い寄せられるのを感じた。

 危ない!

 そう思った一瞬の時間に、俺は分厚い石を切り出して作られた石畳の上に激突した。

「…っつ」

「新入りー!」

 上の方からどたどたと足音がやってきた。

「おい、新入り大丈……夫、おう?!」

 徳利の栓を開けようとしていたオジサン、京之助は、素っ頓狂な声を上げた。

 俺は今日一番の溜息を吐きながらのっそりと立ち上がった。

 俺の体は、石畳に激突していなかったのだ。

 俺の体の下には、特大の鯛焼きが横たわっていた。

 枕のように生地が分厚いふっかふかの鯛焼き。

「おおー」

 京之助は酒で赤らんだ顔を更に赤くして、驚いたようだった。

 当然、神社の前に人間サイズの鯛焼きが放置してある筈もなく、はたまた、都合よく俺がその上に落ちた訳ではない。

 鯛焼きは、役目を果たしたのか、霧のように消えていった。

後には、元通りの石が苔やらなんやらを繁茂させていた。

 鯛焼きは、俺が作り出したのだ。

 頭痛がしてくる中、京之助は言った。

「凄いな新入り。まだ一週間で加護を使いこなせる奴はそういねぇ。」

 なんだよ……加護って

 開襟シャツの裾を握り締めて、俺は下を向いた。

 そもそも、こんな奇妙奇天烈なことになったのは……


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