第386幕 残されし者の戦い

 兄貴が駆けつけてくれて、ヘルガと戦い出してからどれくらい経ったろう? サポートしてやれ、と言われたルッセルと一緒に二人でロンギルス皇帝に挑んだ俺たちは、少しずつ彼に押し込まれるような形で劣勢を強いられていた。


「ふ、二人がかりなのに……!」


 兄貴はなんて言ってたっけ……多分、魔人の男だと思う彼は、舌打ちでも聞こえてきそうな程大げさに文句を言いながらロンギルスを睨みつけていた。多分、銀狼騎士団の誰かだと思う。兄貴について来たんだろうけど……ここにいるにはやっぱり、実力が足りないように見える。


「くっ、そこの奴! こっちの邪魔をしないでくれ!」

「な、誰が邪魔ですか! それに、僕にはルッセルって立派な名前があるんです!」


 食って掛かるような事を言うのはいいけれど、それならもう少しサポートらしく動いてほしい。


「ははっ、仲間割れか」

「別にそこの男とは仲間ってわけじゃない」

「こっちだって同じです! グレリア様の指示がなければ、誰が貴方のような方と!」


 不味いな……。あのルッセルとか言う男だって、このまま言い合いをしててもどうしようもないことはわかっているはずだ。というか、こんな事言いながらよくもロンギルスと戦えるなと自分でも思う。


「ちっ、おい、俺はあんたを気にしない。だからあんたも俺を気にしない。そういう関係で行こう」

「……わかりました。どうやら、そうした方が良いかも知れないですね」


 互いの動きに惑わされて本来の能力を発揮できないくらいなら、いっそのことルッセルの事を気にしないで動けた方が良い。向こうも同じことを思っていたのか、すぐに頷いて俺たちは互いに左右に分かれることにした。単純に二人っていうなら、ロンギルスの方も意識を割かなければならないだろう。


「よし、俺の攻撃に当たっても悪く思うなよ。そっちもそういう風に考えてくれて構わない」

「わかりました!」


 その言葉と同時にルッセルは複数の魔方陣を展開してきた。あれは……『炎』『散』『弾』の起動式マジックコードだ。全部の魔方陣がそれって事は……!


「ちっ、早速かよ……!」


 ルッセルの魔方陣は、俺を巻き込む程の広範囲を攻撃する炎の弾だ。いや、この数はもう雨って言った方が良いだろう。


「ほう、普通ならもう少し躊躇するものなのだがな」

「生憎、僕はあの方にはなんの感情も湧きませんからね。グレリア様を『兄貴』などと低俗な呼び方をする彼とは決して相容れません」


 堂々と言ってくれるな。こっちだって兄貴を神聖化してるような魔人なんかとお断りだ。

 炎の雨が降り注ぐ前に俺も魔方陣を構築する。『英』『炎』の起動式マジックコードを発動させ、ルッセルの魔方陣で呼び出された炎を消すことに努めることにした。

 流石にこの状況でロンギルスを優先するほど、周りが見えていないわけじゃない。スパルナの仇は必ず討つ。だからこそ、より一層頭を冷やしておかないと……!


 対するロンギルスは俺とルッセルの二人同時に魔方陣を展開してきた。俺の方は『奪』『魔』。ルッセルの方は……『結界』だ。


「な……!?」


 ルッセルは自分の方に使われている魔方陣を見て心底驚いているような顔をしていた。……なんであの起動式マジックコードを見ただけでそんなに驚いてるんだ? 確かにかなり異質な……どちらかというと原初の起動式オリジンコードと同じ気配を感じるけど……ロンギルス程の男なら二つや三つ持っていてもおかしくない。彼の強さは知れ渡っていると思うけど……。


「ほう、セイルは見当がついていないようだが、そこのアンヒュルはこの起動式マジックコードの事を知っているのか」

「……どうして貴方がそれを!」

「聞けばなんでも教えてくれると思ったか? 随分甘い世界で育ったのだな!」


 俺たちの攻撃を防いで、次にロンギルスが繰り出したのは『重力』の魔方陣。ルッセルはそれだけで地に膝を付かなければならない程の重力を受けていた。あれをやられると動くこともままならないからな。よくわかるが……今は他人の心配をしている場合はない。


「ロンギルス!」

「ははっ、待ち焦がれた恋人のようではないか」

「何を馬鹿な事を……!」


『英』『氷』『刃』の魔方陣を発動させ、ロンギルスに向かって突き進む。どうせ『奪』を使われれば、ある程度魔力を奪われて均衡されるのが目に見えてる。ならば、魔方陣を囮に使えばいい!


 案の定『奪』の魔方陣を――


「甘い」


 放ってきたのは『分身』の魔方陣。それは……俺がジパーニグの地下で倒したクリムホルン王が使っていた魔方陣と全く同じものだった。


「な……! なぜそれを……!」

「くっくっくっ……驚いたか。そうだろうな。貴様はこれを使う男を知っているのだから」


 空中に出現したロンギルスと左右から一体ずつ。三つの方向からの攻撃に、俺の魔方陣はあっさりと打ち破られてしまった。

 驚いている俺に接近してきたロンギルスの蹴りに、防ぐこともできずに吹き飛ばされていく。


 改めてこの男の底知れない力を感じる。だけど……それでも、諦める訳にはいかない。諦めきれる……訳がない!!

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