第385幕 決着を迎える者たち

 ヘルガの攻撃が頬を掠めるのを感じながら、俺も魔方陣で応戦していく。攻撃を切り替えた後くらいから、ヘルガは必ず背後にセイル、ルッセルがいるような位置取りをしてくる。彼ら二人に向かって攻撃を加える訳にはいかない。自ずと威力の弱い魔方陣か、なるべく散らばるような魔方陣を展開せざるを得ない。対する向こうは様々な高威力の魔方陣を放ち放題ときたものだからな。


「なるほど、考えてきたな。これでは俺も展開する魔方陣を選ばざるを得ないな」

「卑怯、だとは言わないでしょう? 貴方相手にこれくらいはさせてもらわないとね……!」


 ヘルガは挑発するような笑いを浮かべてくるものだから、俺の方も同じように笑ってやった。

 そんな事、当たり前だ。あらゆる状況、場を読み取って自らの有利にする事を卑怯と呼ぶのなら、世界中の兵士どもは卑怯者の集まりだ。そして……この程度の事を覆すのが俺の役目とも言える……!


 かなりの賭けになるが、リスクを背負わずして掴める勝利はない! そう判断した俺は、魔方陣を構築していく。


「新しい魔方陣!? そんな攻撃……私が見逃すと思う!?」

「止められるものなら止めてみろ。俺の生きざま……とくと見せてやる!」


 ヘルガの魔方陣が様々な属性の攻撃が放たれ、通り過ぎたそれらは全て『空間』の魔方陣で回収され、別の方向から襲い掛かってくる。随分と厄介な攻撃方法を思いついたようだが、これは確かに効率が良い。避けてしまったら、それはすぐに別方向からの攻撃になってしまう。これを回避するには防ぐしか手がない。


「随分と嫌らしい攻撃だな……!」

「誉め言葉として受け取ってあげる」


 自分の攻撃が俺に認められているのを知って、にやりと嬉しそうに笑って、更に勢いづいて攻撃を仕掛けてくる。派手に繰り出される攻撃の中に、時折銃弾が混ぜられているのもまた厄介だ。多種多様な色合いの中に混ぜられる鈍い銀なんて見にくいことこの上ない。


「厄介な……!」


 ギリギリ見えたそれをバルブランで弾きながら、少しずつ魔方陣を構築していく。やはり戦いの中で初めて使う魔方陣を構築するのは至難の業だな。だが、今の状況を打開するにはこれくらいしなければならないだろう。彼女の成長を侮っていたツケとも言えるな。


「ちっ、ちょこまかと……!」

「はっ、そう簡単にやられるつもりはないさ」


 徐々に苛立っているヘルガを軽く流して、攻撃の乱れを誘うように挑発してみたのだけれど、大した効果はなかった。

 以前の彼女なら、間違いなく怒りに流されていたはずだ。攻撃一辺倒になって気が散っていただろう。やはり、昔の彼女の振る舞いが頭の中から抜けないのは不味い。


 片手で魔方陣の構築するのは、流石に時間が掛かるな。だがそれも――


「ヘルガ。お前を……殺す!」


『神』は次に紡ぐ文字以外に影響を与えない。だからこそ……構築するのは『古』『神』『速』の起動式マジックコード


 その瞬間……世界が緩やかに感じた。いや、止まって見えたと言ってもいいだろう。あらゆるものが、弾や炎、雷さえも酷く緩慢に見える。ゆっくりとバルブランを構えて『古』『神』『斬』の魔方陣を発動させ……ヘルガの元へと飛び込む。

 それでもまだ、ヘルガの視線は俺がいた方向に向けられたままだ。気づいていない――というより、理解が追いついてないと言った方が正しいのかも知れない。


 これ以上、何かを言う事もない。この一撃で…….!


 ――自らの持つ剣を突きの構えを取るように振り上げ、ヘルガの心臓を目掛けて力強く突き入れた。彼女には、時が止まっているように見えるだろう。ヘルガの顔は徐々に驚愕の表情に変わって……その瞬間、全ての魔法が解けたように時間が加速する。


「な……っ! が、ふ、ぅ……」


 深々と突き立てたバルブランを抜き、そのまま首を狩ろうとした瞬間、ヘルガは咄嗟とっさに俺の腹に蹴りを入れて距離を取ってきた。刃はぎりぎり首の中頃まで斬り裂くことは出来たが、落とすまでには行かずに彼女が倒れ込むのを見届ける。


「……かひゅっ、こひゅっ」


 軽く咳き込んだヘルガは、何かを言いたそうに俺の事を見ていたけれど……俺には何を言いたいのかわからなかった。

 彼女とは幾度となく戦ってきたけれど、彼女自身ときちんと向き合った事はなかったからだ。


 唯一わかったのは、すぐに視線を逸らした彼女が次に見たのは、ロンギルス皇帝だということだ。悲しみながらも、愛情のこもったような眼差し。それだけで、彼女がロンギルス皇帝の事を好いて――いや、愛している事が伝わってきた。


 そのまま視線を逸らさず、最期まで見続けていようと頑張って……彼女の動きは完璧に止まった。


 ……どうしようもなく、やるせない気持ちになる。彼女は本当は……戦わなくても良かったのではないだろうか? そんな事すら思ってしまいそうになるほどだ。


 だけれど、戦場でそんな感情を持ち込んでる場合じゃない。後悔は……亡くなった者に想い馳せる事は、後からいくらでも出来るのだから。


「セイル……二人はどうなった?」


 俺がふともう一つの戦いに視線を向けると、そちらは未だに激戦が繰り広げられていた。

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