第381幕 皇帝の居場所

「が……あ……っ」


 倒れ伏したエンデハルト王を見た兵士たちの士気がみるみる下がっていくのがわかる。彼らの指揮官。それもイギランスの国王が倒れてしまったのだ。彼らの中にはイギランスの鎧を身に纏っていた者たちもいたからな。当然、戦う気力もわいてこないだろう。


「グレリア様、彼らは?」


 戦意を失っている兵士たちを見て、ルッセルが俺に指示を仰いできた。流石の彼も、無防備になっている兵士を斬り殺すような真似はしたくないらしい。


「武器を取り上げて縛ってくれ。どんな些細な武器もな」

「わかりました! まだ戦意を失ってないヒュルマは……?」

「決まってるだろう。やらなければやられる。命を助けるのは戦う覚悟のなくなった者だけだ」


 こくんと頷いたルッセルは、そのまま反抗を続けている兵士たちに戦いを挑み始めた。その光景を見届けながら、俺はゆっくりとエンデハルト王に近づいていく。


「おい」


 一度声をかけてみたが、やはり反応はない。まあ、当然か。そうでなくては……


「あくまでそれを続けるつもりなら構わないが、それで誤魔化しきれると思うか? それでも続けるというのなら……そのまま死んで行け」

「……なぜわかった?」

「俺を甘く見るな」


 カッと目を見開いたエンデハルト王は鋭く俺を睨み付けてきた。俺が近づくとナイフを持つ手に力がこもっていたし、なにより感触が浅かった。あれで仕留められたと思うほど、俺も呑気はしていない。


「ふっ、ふふっ、なるほど。流石、と言うべきか。貴様の力を見誤っていたのは……私の方だったか」


 もはや全てを諦めたかのように動かずにいるエンデハルト王は乾いた笑いをあげて俺のことをまっすぐ見つめていた。


「ロンギルス皇帝は一般区にある兵士どもの訓練場にいらっしゃる。そこに行くがいい」

「……驚いたな。わざわざ教えてくれるとは」

「ふん、私が負ければあの御方の居場所を伝える約束だった。それだけだ」


 約束、か。それだけで簡単に教えるものか? とも思うが、信じるも信じないもの俺次第。そう言う事だろうな。


「……伝える事は伝えた。止めを刺すといい」

「随分簡単に言うな。抵抗しないのか?」

「私は他の者とは違う。あれを見破られれば他に打つ手はない」


 俺の言葉に、どこか自嘲気味な笑いを浮かべ、顔を逸らして呟いた。


「暗殺者紛いの事しか出来ない私でも、イギランスの王。国を支えた己に誇りは持っている。どうせ死ぬのならば一思いに散らしてくれ」

「……わかった」


 抵抗するつもりのないエンデハルト王に、俺は静かに剣を振り上げ……何の躊躇ためらいもなく、刃を振り下ろした。


 ――


 エンデハルト王との決着がついた俺は、ルッセルが出て来るまでの間に彼の遺体を調べる事にした。外傷はほとんどなく、胴体から斜めに斬り裂いたものと、首を刎ねたことぐらいか。

 最初は服から。その後は口の方を調べてみると、彼の上顎辺りに魔方陣が刻まれているのが確認できた。


 それは『意識』『干渉』の起動式マジックコードだ。恐らく、彼はこれを使って俺たちを撹乱していたに違いない。


 そしてこれは……ヘルガやロンギルス皇帝にも同じ事が言えるだろう。直接攻撃する系統の魔方陣はともかく……『身体強化』や『隠蔽』などは、こういう風な使い方も出来るという訳だ。


「グレリア様、終わりました!」


 エンデハルト王に刻まれた魔方陣について考えていると、ルッセルがびしっと直立していた。


「よし、兵士たちは?」

「はい。抵抗したものは殺し、他の者は全員武器を奪って縛ってあります。この施設には毎朝業者が入ってきているそうですので、見つからずに……という事はないでしょう」


 地下で暮らしてるのに毎朝、と言うのは少しおかしいな。まぁ、日が出ているように見える設備も存在しているし、意味は通じるだろうが。


「よくやった。これでここも無力されたと言ってもいいだろう」


 俺が礼を言うと、ルッセルは心底嬉しそうに照れているような表情を浮かべていた。これに尻尾があったら、それはもうぶんぶん振り回していることだろう。


「それで、これからどうされますか?」

「エンデハルト王から情報は聞いた。今からロンギルス皇帝がいるところに向かう」

「……その情報は、信用できるものなのでしょうか?」


 ルッセルが心配する気持ちはわかる。仮……というよりも完全に敵だった男の言葉を馬鹿正直に信じて、結果罠でしたというわけにはいかないからな。だが、別にどうという事はない。


「完全に信用はしてないさ。例え罠であったとしても……それを超えて踏み抜けばいい」

「……流石です! 罠があろうとなかろうと、道を遮る者は存在しない……! その堂々とした振る舞い! 惚れ惚れします!」


 何を急に言い出すかと思ったら……そんな事、全く考えてないのだが、どうしてそういう発想に至ったのだろうか? まあいい。適当に勘違いさせておいてもあまり困らないしな。


「わかったなら行くぞ」

「はい! どこまでも付いて行きます!」


 本当にどこまでもついてきそうな勢いのルッセルと共に、俺はエンデハルト王と激闘を繰り広げた場所を後にした。残ったのは……ただの廃墟。それだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る