第329幕 戦前の思い
リッテルヒアに戻った俺たちは、それぞれの任務の為に分かれることになった。シエラは寂しそうな顔をしていたな。
「本当に、大丈夫? グレファは、一人で突っ走っちゃう癖があるから……」
なんて心配している様子だったが、俺が走らなければ誰が走る?
「大丈夫だ。シエラは心配性だな」
「……約束して。必ず帰ってくるって。エセルカも、くずはも……それに私も! 貴方の帰りを待ってる」
「は、ははっ、それじゃまるで、恋人の別れみたいだぞ?」
あんまりにも真剣な表情でシエラが見つめるものだから、思わず冗談を言ってしまった。それでも彼女は表情一つ変える事なく、まっすぐ視線を向けてきていた。
「私、グレファのこと、大切に思ってるから。なんだか他人じゃないっていうか……家族みたいっていうか。お兄ちゃんだったっら……いいなって。だから!」
「わかった。生きて帰る。今度会ったときは、お前の兄として会おうじゃないか」
笑ってやると、シエラも同じように笑い返してくれた。本当は胸が罪悪感で溢れそうになったが、その想いだけは隠すことにした。
「ありがとう。それじゃ……気をつけて行ってきてね」
別れの挨拶をしたシエラは、そのまま名残惜しそうに手を振って行ってしまった。俺はそれを……内心『悪い』と思いながら彼女を見送った。
「……お前との約束守れそうにはない」
俺は最初から、ここに戻るつもりはなかった。ミルティナ女王には悪いが、戦争が終われば俺などいても邪魔なだけだろう。俺は所詮、戦うしか能のない生き物だ。それが今まで生きてきてよくわかった。生まれ変わっても……俺は他の何者にもなれはしないのだと。
エセルカにも、シエラにも……本当に悪いと思っている。散々振り回して、それでも俺の事を好きでいてくれて……思うところは色々ある。だが、これ以上、二人は俺と関わらないほうがいい。本当はもっと早くこうすれば良かった。
だけど、俺の弱さがそれを拒んだ。寂しくて、もっと誰かと一緒に。もしかしたらもっと違う生き方ができたかも知れないと。そう、心のどこかで思っていた。
――そんな訳、ないのにな。
どれだけ新しい生活をしようとしても、どれだけ学び、違う人生を歩もうとしてみても、俺という人間は変わらない。あの時の戦いの日々が、俺はグレリア・ファルトでしかないと教えてくれているのだ。
だから、俺は戦い続ける。そう、決めた。
結局の所、俺は俺であり、何度生まれ変わったとしてもそれは変わらない。なら、せいぜい最期まで戦い続けて見せるさ。
――
城の外に出た俺は、空気を思いっきり吸い込んで身体の熱を追い出す。気付いたら空は燃え上がるような赤に包まれていて、すっかり夕暮れ時だった。どこか物悲しい光景が、俺の心を余計にささくれ立たせる。
「……いけないな。ジパーニグで十分に感傷浸ったっていうのに」
どうにも、最近は心の痛みを感じることが多い。それはやっぱり、戦争の終わりが近づいてるからなんだろうけど……このままではいけないな。今から戦いに行く男の心境ではない。
「エセルカには……会いに行かないほうがいいな」
決意が鈍るかもしれない。そんな風に思うのは、やっぱり彼女に多少なりとも未練を遺しているからなのだろうか……。
それでも、あの時の……俺が殺してしまった彼女が頭から離れない。傷つけたまま、もう二度と会えないエセルカへの罪悪感で今のエセルカと付き合って行くのは、違う気がした。彼女にはせめて幸せになってもらいたい。だけど、それが出来るのは俺ではない。
慕ってくれている彼女をまた傷つけてしまうだろう。だが、それを乗り越えたら……きっと他の幸せを見つけられる。今俺が彼女にしてやれることは、どこまでも戦い続け、束の間でもいい平和をもたらすことだった。
「グレ――ファ?」
城から出て、適当な場所で夕焼けの空を見ながら気持ちを落ち着かせていた時。聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「……くずはか」
「あ、今残念そうな顔したでしょ。はいはい、エセルカじゃなくてごめんなさいね」
「誰もそんな事は言っていない」
「口で言ってないだけでしょ。顔に出てたら意味ないから」
少し戯けるような声音で、笑いながらくずははこちらに近づいてきていた。初めて会った時のようにどこか緊張している様子はなくて、かなり馴染んでいるように見える。
セイルの事や、記憶を操られていた事に対しても悩んでいたようだけど……そういう素振りは全く見られない。
「久しぶりに会ったのに、ちょっと傷つくじゃない」
「それは悪かったな。俺も感傷的になっていたからな」
「夕焼け見て感傷に浸るってロマンチストじゃあるまいし……」
呆れるような顔を向けられても困る。率直なことを言っただけだというのに、そういう態度を取られるのは心外だ。
「あ、怒った?」
「いや、怒ってない」
「ふふ、ごめんね」
片手を顔の前まで持っていって謝るくずは。それに仕方がないな、と笑ってやる事にした。彼女のその仕草が、思い悩む俺の心を少しだけ軽くしてくれたように思えたから……。
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