第327幕 黒煙あがる場所

 首都のリッテルヒアに向けて『身体強化』の魔方陣を発動しながら走っている最中……俺たちは遠くで黒煙が上がっているのを見かけた。


「グレファ、あそこ!」

「見えてる。行くぞ。シエラ!」

「うん!」


 まっすぐ首都の方を目指すのも一瞬考えたが、そんな事をして助けられる者を救えない……なんてのは嫌だからな。例えそれで報告が遅れることになっても……仕方ないとしか言えないだろう。

 俺たちはすぐに進路を黒煙が上がってる場所に変えて走る。徐々に近づいていくと、戦闘の音がはっきりと聞こえてきて、戦車や銃を構えた兵士とそれに応戦するこちらの歩兵の姿が見えた。


「形勢はややこちらが不利か……シエラはサポートに回ってくれ。俺は直接奴らを叩く」

「わかった!」


 流石シエラは俺の行動がわかっているのか、素早くこちらの兵士たちのところに向かい、元気付けるように声を張り上げながら戦っている。敵の勢力も、突然出現した彼女に驚き迷っていた。その好機を逃すはずもなく、『神』『凍』の魔方陣を発動させる。

 存在する戦車全てを囲うようにちらほらと雪が降り積もって……その幾つかが戦車に触れた瞬間に急速に凍っていって、あっという間に戦車の氷像が完成した。


「これほど凍らせたのは初めてだが……上手くいったようだな」


 こんこん、と軽く氷像を叩きながら、自分の魔方陣の威力の凄さを感じていた。石や岩に試した事はあったが、実戦で使ったのは今回が初めてだ。我ながら、よく出来ている。

 中身がどうなってるのかはわからないが、溶かして助け出すような仲でもない。せめて、凍ったと同時に逝ったと思いながら冥福でも祈ろうか。


「グレファー!」


 大声で呼ぶシエラの方を向くと、あちらも終わったようだ。ぶんぶんと大きく片手を振って歩いてきた。


「そっちはどうだ?」

「うん、結構ボロボロ。兵士も町も、かなりやられちゃってるみたい……」


 最初は意気揚々としてたが、段々と深いため息へと変わっていった。大方シエラの頭の中では『もう少し早く来る事が出来たら……』とかの感情でいっぱいになっている事だろう。


「仕方ないさ。今は救えた命の方が大事……だろう?」

「う、うん……そうだね!」


 気を持ち直したのか、両手を拳を握るような仕草をしているシエラの後ろから兵士の一人がこちらに歩み寄ってきた。


「グレファ殿! 御助力有難うございます!」


 ビシッと敬礼をしている姿が様になっている、けと……この男は誰だったか? 全く記憶にない。


「会ったことあるか?」

「はい! 初めて戦車なる物と戦った時、グレファ殿は巨大な炎の剣を召喚し、一掃されておりました!」

「ああ、あの時か」

「はい、ヒュルマの無機質な武器すら焼き払う神の炎の如き魔方陣……貴方様こそ、グレリア様が遣わせた神の化身に違いないと思いました!」


 隣の方でシエラが噴き出しかけてるのが見えた。化身と言うより、当の本人なのだしな。とはいえ、その事は極力秘密にしなければならないから、公表なんて出来るわけないのだけど。


「ははっ、またやけに慕われたものだな。俺はそんな大層なものじゃないさ」

「いいえ。貴方は我ら魔人の希望。長年続いたヒュルマとの戦乱の歴史に終止符を打ち、全てを浄化する御方に違いありません!」


 熱を帯びた瞳で見つめられ、言葉に詰まってしまう。ここまでまっすぐな尊敬や憧憬どうけいの念を向けられた事はなかった。俺が彼らの言う『グレリア』であった時でさえ、ここまで言われた事はなかったな。

 …….どちらかと言うと畏れを込めている事が多かった気がする。慕ってくれる者も、神格化してきたりはしなかったし、かなり反応に困る。


「それよりも、今どんな状況になってるか説明してくれない? この事も含めて、女王陛下にお伝えしないといけないから」

「あ、はい。わかりました! それでは町の方に案内させていただいますが……よろしいですか?」

「ええ。さ、グレリア。行きましょう?」


 まさかシエラが助けてくれるとは思ってなくて、思わず彼女をまじまじと見てしまった。


「グレリア?」

「あ、ああ。行こう」


 硬直するように止まっていた俺を不思議そうに見つめていたシエラから視線を逸らして、兵士の後ろをついて行く。シエラも偶には役に立つものだ、とつくづくそう思った。


 兵士に熱烈な歓迎を受けた俺は、攻撃を受けていた町を見た。廃墟になってる家は数多く、道もぼこぼこで、死体を運んでいる兵士や、泣き暮れている女。両親を探している子どもの姿が目についた。


「シエラ。やめておけ」

「でも……!」


 腹を空かせている様子の子どもの元に行こうとしたシエラを嗜めるが、逆に非難するような視線を向けられる。


「その子にやれば、他の子にもやらないといけなくなる。大人も集まるかもしれない」

「だからって放っておくなんて――」

「その場の突発的な善意なんて、悪意よりたちが悪い。ましてや先の見えない時は尚更だ」


 俺たちの持つ食料がなくなれば、行き渡らなかった者には非難の目を向けられるだろう。手に入れた者は次もまた貰えると思うだろう。どんなに苦々しい思いをしても、出来ることに限りはある。

 今はただ、一刻も早くこの場の状況を女王のところに持ち帰る。これが、俺たちに出来る最善だろう。

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