第320幕 限界を超える男

「お兄ちゃーん!!」

「けほっ、こほっ……大丈夫だ」


 スパルナがあんまり哀しげな声を出してくれたもんだから、こっちも思わずそう答えたけど……全然大丈夫じゃない。あれだけの爆発を引き起こすなんて頭がおかしいんじゃないだろうか? と思うほど、手痛い攻撃を受けた。


「はは、やっぱりまだ生きてやがったか。そうじゃないと面白くない」


 こっちはちっとも面白くないっての。全く……あの魔方陣、相当厄介だ。ちらっと見えた感じでは『圧』『壊』『爆』の三つだ。この中のどれかが原初の起動式アカシックコードだと考えると……間違いなく『壊』の文字だ。


「おかげで、お前の手の内が少しわかった気がする。ラグズエル……お前、魔力を壊して俺の生み出した獣たちを砕いてたんだな」

「ははっ、その通り。正確には『魔方陣』『破壊』の起動式マジックコードでお前の愛しい獣たちを殺してやったという訳だ」


 首を掻き切るような仕草をするラグズエルの奴が腹立たしいけど、こっちはあんまり余裕がない。さっきの攻撃で身体の中がぐちゃぐちゃに痛い。痛みに慣れてる俺じゃなかったら失神ぐらいしていたんじゃないだろうか? なんて、我ながら随分と冷静でいられるものだ。案外、魔物との戦いとか色んな死闘とかで傷を負うのに慣れたのかもな。


「……随分余裕があるじゃないか。まだやられたりないってか?」

「ははっ、まさか。やり返したくてうずうずしてんだよ」


『生命』『癒』の魔方陣で身体を癒やし、万全の状態になって再びラグズエルに向き直る。それを面白くなさそうな顔で奴は睨んでいた。


「ちっ、そんな魔方陣もあるのか。傷が治るなんて反則じゃないか?」

「ははっ、なら諦めろよ」

「冗談だろ。要は、治す魔力がなくなるまでボコボコに出来るってことだからな!」


 向かってくるラグズエルと真っ向から対峙して、火花が散るほどの斬撃を繰り出し続ける。隙を突くように魔方陣を展開させるラグズエルと距離を取って、対抗するように俺も魔方陣で応対する……だけど、俺のはラグズエルに壊されてしまった。


「ちっ……」


 さっきの『生命』『癒』の魔方陣は壊されなかったってことを考えると、直接身体に作用する魔方陣は壊すことは出来ないと思ってもいいだろう。攻撃関連の魔方陣は使えない。なら……。


「ラグズエル……! 限界までぶっ飛ばしてやるぞ!」


 俺は自身の限界を超えるほど『身体強化』の魔方陣を掛けて……身体が軋むように痛みを感じる。


「何っ……!?」


 いきなり速くなった俺に驚くような声を上げているけど、そんな事している間に顔面を蹴り上げて、拳を振り下ろす。完全に虚を突いた形になったそれは、ラグズエルの腹に深々と突き刺さって、奴は身体を折れ曲がらせて……『グラムレーヴァ』を持っている方の腕を掴んできた。


「壊れろぉぉぉっっ!」


 引き剥がそうと何度か殴ってもあまり効いてなくて、ラグズエルの魔方陣が発動して、俺の片腕を壊して行く。


「ぐっくぅぅぅぅ……」


 ナイフで腕を刺されまくったような鋭い痛みが身体中を駆け回る。それを食いしばって蹴り込んでラグズエルを弾き飛ばす。その間に腕を治そうとする……のだけど、ラグズエルはそれを許そうとはしてくれないようだ。


「回復なんぞ、してんじゃねぇよぉぉっ!!」

「ちっ……お前も俺と同じ事してんのか……!」

「ははははっ! 相当きついじゃないか!」


 威勢よく笑っているラグズエルの動きは微妙におかしい。速かったり遅かったりを繰り返している。多分……俺の動きに付いていく為だけに一瞬だけ『身体強化』の限界を超えて対応してきている。それでもかなりの苦痛を伴っているはずなんだが……よくもまあやってくれる。


「わかってんのか? その魔方陣の代償をよ!」

「ひひっ、わかってるさ。だからよ、短期決戦と行こうぜ! それとも自信ないか? 弱々しい昔のお前のままか? くはは」


 相変わらず挑発するのが得意なようだけど、良いだろう。乗ってやろうじゃないか!


「どこまで付いてこれるか……やってみろよ!」


 拳、蹴り、斬撃……数多くの攻撃が行き交う。その音が響き渡るだけで、痛いくらいだ。ラグズエルの身体は徐々に傷ついていって、やがて動けなくなるだろう。俺もこの男が身体の治癒を防いでいる限り、同じことが言えるんだけどな。


「ははっ! どうした! この程度で終わりか?」

「……冗談じゃない。まだまだこれからだ。派手に行こうか……!」


 激しくぶつかり合い、身体の軋む音を聞きながら斬撃を交わすと、右肩の辺りで嫌な音が聞こえた。


「くそっ……」

「く、くくく、最高に楽しいなぁ! そうだろう? セイルゥゥゥ!」

「は、はは、そうだな。ラグズエル。血湧き肉躍るってのは、こういう事を言うんだろうな!」


 一度離れ、再び攻防を繰り広げながら……終わりの時が訪れようとしている事を悟っていた。身体はもはや保たない所まで来ている。それはラグズエルも同じだろう。


「死ね! セイル!」


 奴が魔方陣を発動して空間を壊すように爆発を引き起こして……それに後押しされるように剣を突き立てる。


「がっ……!」

「ラグズエル……!」


 深々と突き刺さったそれを引き抜いて、思いっきり斬りつける。それで……ようやく、決着がついた。

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