第306幕 苛立ちの処刑開始

「久しぶりだな」

「……こんな形でまた会うことになるなんてな」

「ああ、心底……最低な気分だ」


 昔の吉田なら、嬉々として下衆な笑いを浮かべて攻撃を仕掛けてきただろう。だけど、今の彼にはそんな様子は微塵もない。敵である俺が言うのも何だが、本当に立派に育っている。


「俺はお前と本気で戦いたい。吉田家の長男である誇りが、たった一人の男に敗北したという事実を許せない。例えそれが……どんな理由であったとしても……!」

「は、ははっ、男だな。お前。なら、俺もそれに応えてやる。どれだけでも兵士を向かわせてこい」


 挑発するように吉田に向けて指をくいくいっと動かしてやる。


「必ずお前を倒す。それが俺の……アルフォンス・吉田への最大の敬意だ」

「行けっ! 相手はたった一人の魔人だ! 臆することなく制圧せよ!」


 吉田は言葉とともに警戒するように後ろに下がりつつ、兵士たちは二列並んで射撃を仕掛けてきた。前列は屈み、後列はそのまま撃つという平面的に考えれば隙のない攻撃。どれだけ訓練されたか伝わってくるようだ。


 十数年前に新たに生を受けた故郷だが、もう覚えている者をほとんどいない。こうして戦う事にすらなる。そんな不思議な気分を味わいながら魔方陣を展開する。


 一つは『神』『防』。二つ目は『雷』『麻痺』だ。『神』を使った攻撃魔方陣は殺傷力が強い。威力の低い方である『雷』の魔方陣であっても、防御能力が薄い人――ヒュルマは死ぬ可能性が少なからず存在する。向こうもそれをわかってるからあえて鎧なんかを身に着けずに身軽な軍服を纏っているのだろう。全く、こういう抜け目のないところが本当に嫌らしい。俺はこの戦いで決して人を殺さず、いざという時にヒュルマの戦力として数えることが出来ることを、この戦闘で証明しなければならない。それが例えどんな苦行だったとしても……必ず成し遂げてみせる。


「うおおおおお!!!」


 魂を震わせるように雄叫びを上げながら、『身体強化』の魔方陣を発動させる。魔方陣で身体を痺れた数人の兵士は手の空いている者に奥へと連れ込まれ、新しいのが増えていった。これではキリがないが、根比べで負けるつもりはさらさらない。


 魔方陣で銃撃を防ぎながら応戦を続けていると、変化が起こり始めた。後列の中央で射撃をしていた兵士が奥に引っ込み、新しく筒状の物に大きな弾を装填した物を手に持つ兵士が姿を現した。


「ちっ、ロケットランチャーか……!」


 地下都市に行ったときに文献で確認した武器だ。奴等め、絶えず爆発を浴びせる気か……!


「甘い!」


 狙いが分かれば対処のしようもある。ロケット弾は他の武器に比べて弾が大きい。撃ち落とすくらいなら……!


 そんな風に思った直後、猛烈に嫌な――濃厚な死を感じて、とっさに身体をずらしながら『防御』の魔方陣を後方に展開させる。だが――


「くっ……ぐっ……!」


 ――鋭い痛みが右肩を灼くように走る。視界が真っ白に染まりそうな程のそれを、歯が砕けるんじゃないかと思うほど食いしばって我慢する。


 何が起こったのかと右肩を見ると、抉れるように撃たれた後がそこにあった。それを確認したと同時にロケットランチャーの弾幕が降り注ぐ。


「一体……」


 地面を見てみると、何かが着弾したかのように地面が抉れていて……それを見た瞬間、怒りに我を忘れそうになった。これはつまり、観客席から俺を狙撃したという事だ。目の前の奴らは全て俺の意識をそちらに向けさせる囮で、本当の狙いを隠すためのものだったという訳だ。


「ここまでするか……愚劣な者どもがぁぁ!!」


 今、俺の中で確実に何かが切れた。燃え盛る火のような激しさが頭の中を支配して、その中心は恐ろしい程冷え切っているのがわかる。


 今まで俺は、出来る限り傷付けずに相手を無力化する術を模索していた。それは少しでも彼らを認めさせる為に、一切の言いがかりをつけさせない為にはそうするのが一番だと思ったからだ。


 その事に執着しすぎるあまり、俺は大切な事を忘れていた卑劣な者は例え汚くとも勝利をもぎ取ろうとするのだと。勝てばどんな卑怯も正当化され、負ければどんなに正しくとも意味がないのだと。


 いつの間にか、俺は防御に魔方陣を回す事を止めていた。『神』『防』の魔方陣によって守られていた身体を晒した事が意外だったのか、それとも不穏な気配を感じ取ったのか……今まで銃撃を繰り返していた兵士たちは一様に止まり、俺を見つめていた。


「遊びは終わりだ……! 卑怯者め、己の所業を悔いて恥じろ。最早……慈悲はない……!」

「撃て! 奴はどうせ何もできない! さっさと殺せ!」


 観客席から『殺せ! 殺せ!』という声が響き渡る。この中に俺を撃ち抜いた奴がいると思うと、反吐が出るが、今の相手は目の前の愚か者どもだ。


 冷静に返り、下卑た笑みまで浮かべている奴までいるが、中には俺の状態を見定めようとしていたり、恐怖で震えてる者もいた。


 ゆらり、ゆらりと身体が揺れ……そんな事はどうでもいいと言うかのように駆け出した。全てを終わらせる。奴らの望み通り、決して一人も殺しはしない。



 ――最早、殺す事すら生温い。

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