第302幕 ジパーニグへ

 ヘンリーからジパーニグに侵攻してくれと要請があって数日。俺とシエラは少数の兵と内政に長けた執政官を数人同行させる事になった。

 流石ヘンリーが選んでくれた者たちだけあって、こちらの事情を知っている者が多く……というか、地下都市にいた人も上で取り入れているのだとか。


「こんなに大勢で動くのって、初めてだから緊張するね」


 シエラが呑気な事を言っていたが、言われて「そうだな」と思ってしまった。騎士として訓練する時は此処で集合場所に集まるような形だった。それ以前には……訓練学校で数名と行動を共にしただけか。

 ミシェラ、レグル、ルルリナ、シャルラン――年月が経った今でも、彼らのことははっきりと思い出せる。良い事も嫌な事もあったが、思い返せば懐かしいと感じる程にはあそこでの生活を楽しんでいたのかも知れない。


 ――今頃、彼らは何をやっているのだろうか?


 そんな考えが胸の奥から湧き出て、頭に上ってくるように感じながら、俺たちはそれよりも更に懐かしい地――ジパーニグへと進むのだった。


 ――


 実際ジパーニグの王都ウキョウに辿り着くまで、特に攻められる事もなく進む事ができた。元々、アリッカルはジパーニグと隣に面しており、互いに交流がある国だ。兵士を連れてそれっぽい理由でも言ってれば、向こうの兵士が勝手に納得して通してくれる。

 以前、俺が魔方陣を使って戦った姿を見ている者もいたようだけど、アリッカルの正式な印が押された書を執政官が持っているのを見ると、黙ったままこちらを見ているだけだった。


 ヘンリーも多分、こういう時のためにこの書を持たせてくれたのだろう。こういう所でも保険を効かせる彼の性格がわかるな。


「グレリア、どう? 久しぶりの故郷なんでしょ?」

「そうだな。もう誰も……いや、一人だけいたか」


 別にもう誰も俺の事は覚えていないだろうし、懐かしさと寂しさくらいしか感じない……と言おうと思ったが、よくよく考えたら一人だけ俺のことを覚えている男がいた。吉田は今、どこで何をしているんだろうな。

 どうしようもなかったあんな奴でも、覚えてくれていると思うと少し感じるものがある。口には出して言わないだろうけどな。


「……グレリア?」

「いや、なんでもない。……故郷と言っても、俺のことを覚えてる者の方が少ないだろう。どちらかと言えば、グランセストの方が故郷に近いな」

「あそこだったら英雄として崇められてるものね」

「そんなの、逆に生きにくいだけだ。戦いが終われば、平穏に暮らせればそれでいいんだよ」


 名声なんてあっても面倒な事が多いからな。余計な因縁を付けてくる奴がいるなら、いっその事必要ないほどだ。


「そんなものかな……」


 シエラはピンと来ない様子で首を傾げてるけど、こればかりは彼女にはわからないことだろう。


 しばらくの間、そんな他愛のない話をしていると……俺たちはようやくジパーニグの首都ウキョウへと辿り着いた。国民たちはみんな普通に生活していて、とても王様がいなくなった事で慌てているような様子は見られない。

 ただ……なんというか、少し暗い雰囲気に包まれているような感じは肌で伝わってくる。


「グレリア殿……」

「うん?」

「今から私達はヘンリー殿の命令の通りに動きます。貴方様がたは出来る限りの用心をして欲しいのです」

「わかっている。戦うことに関しては任せてくれ。その代わり……」

「はい。まつりごとわたくしたちにお任せください」


 近くに寄ってきた執政官の一人が俺に忠告をしてくれた。今もここは敵対国なんだし、そこらへんについては彼らに言われるまでもない。

 ここには吉田もいるんだし、必ず何か起こると思って動いた方が良いはずだ。


「シエラには俺の方から伝えておこう。兵士たちはそっちで自由に使ってくれ」

「良いのですか?」

「自分の身ぐらい、自分で守れるさ」


 シエラも騎士としての修練を積んだ身だし、ジパーニグにいる普通の兵士ではどうすることも出来ないくらいの強さは持ってるだろう。


「ようこそ。我がジパーニグを守護する都、ウキョウへ」


 城に到着した俺たちを待っていたのは、ジパーニグ側の執務を行ってる者たちだった。

 わざわざ城の扉を開けて待っている辺り、彼らの本気度が伺い知れるだろう。


「これは……わざわざ歓迎していただいてありがとうございます」

「いえ、本来でしたらもう少ししっかりと歓迎出来たのですが……今は――」

「みなまで仰らなくても大丈夫ですよ。こちらもそちら側の状況は把握しております」

「ほう……」


 ジパーニグの代表者らしき男は眉根をひそめてこちらの執政官や俺たちを見定めるように目を光らせてくる。シエラがうんざりするような視線を向けていたが、ああいうどこかねちっこい男はあまり好きではなさそうだな。


「なるほど。どうやら色々とご存知のようで……では、城の中へと案内いたしましょう。後の話はゆっくりと……」

「ええ。お願い致します」


 まるで化かし合いのような話をしているが、この先どうなることやら……とりあえず、俺はあまり目立たないように努めておこう。……可能な限り、な。

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