第301幕 新局面
現状はまだ予断を許さない状況だが、二ヶ月程ここで足止めを喰らうこととなった。ヘンリーが――
「今ここでアリッカルの中枢を手中に収めなければ、新しい支配者が出てくるだけですよ」
と、アリッカルを正式に手に入れる事を強く勧めてきたからだ。
兵士たちの中にはこちらに恭順の意思を見せている者もおり、彼らを使って上手くやってくれているみたいだ。そこらへんは俺の専門外だし、素直にヘンリーに任せた方がいいだろう。
……そう考えると、つくづく自分が戦う事しか出来ない男なんだな、なんて思う。
この間にグランセストに他の国が侵略してくる可能性もあったが……シアロルとイギランスから戦車やら攻撃機が襲い掛かって来たりはしたが、なんとかやり過ごせたらしい。具体的な事は聞かなかったが、少なくともジパーニグ・ナッチャイスの二国からは動きが見られなかったそうだ。
確かジパーニグにはセイルが行っていたはずだ。彼が何かをしてくれたのかもしれない――。
話し合い、そう結論付けた俺たちはジパーニグに数名の間者を送り込んだ。
何かが起こっているのであれば、地上にも少なからず影響が出ているはずだと踏んだからだ。
その間はアリッカルに足止めを強要されてしまうが……それも仕方ないだろう。
――
「グレリアさん、そろそろジパーニグに兵を差し向け、侵攻したいと考えているのですが……」
シエラも戻ってきて、アリッカルの城で休息を取っている最中の出来事だった。
今回の功績。そして今現在、こちらに人心を掌握出来る人材を回す余裕がないグランセストにアリッカルを任せられたヘンリーは、こちらの陣営に引き込む事に成功した大臣や、新たに起用した重鎮たちとの話し合いを終えた直後、俺に話を持ちかけてきた。
勇者……というより、すっかり王様と言った感じだが、まだ解決していない事も多い。周辺の町に存在する拠点の反乱や王都で暮らす国民たちの不安など……やるべき事は多い。こればかりは年単位で腰を落ち着け取り組まなければならない事で、今すぐになんとか出来るものでもない。俺が出て行って一つ一つ制圧していくのもありだったが、それをしたら俺がいない時ならばと良からぬ事を企む者が増えるだけだと却下された。
そんな忙しさに目が回るような状況のはずなのに、ここで更にジパーニグに攻めるというのは呆れるとしか言いようがない。
「俺が言うのも変だが、今アリッカルはかなりごたごたしてるんじゃないか? こちらに引き入れた兵士の中にも、この状況を不満に思っている者だっている。些か性急が過ぎると思うのだが」
「確かに、今は地盤を固める事が第一です。突然降って現れたような私に良い印象があるわけもないですからね。むしろ現時点では敵の方が多いでしょう」
慣れてないはずの王の衣装を身に纏っているヘンリーは、うんうんと頷くように顎に手を当てていた。
「ですが、今ジパーニグでは王不在の混乱があると情報が入っています。つまり、向こう側に行ったセイルさんがクリムホルン王を討ったと考えた方が良いと思うんです。ならば、当然……地下の戦力も壊滅したと考えた方が良いでしょう。時期的に、今が好機なんです」
説得するように強く訴えかけてくるヘンリーの言葉に、今度は俺が考え込まされることになった。
確かにその情報が本当ならば、ジパーニグは今王座が空席の状態だ。つまり、他の三国の影響が及びにくい。グランセストとしてはここを押さえれば、今より負担が軽くなる。少なくとも包囲網は完全に瓦解すると言っても良いだろう。
だが、時間をかければ別の支配者がジパーニグを掌握して、こちらを攻める準備を始めるのは見えている。今が正にあの国を制圧する好機だと言えるのではないか? そんな考えが頭をよぎる。
「だが、それでもこちらを疎かにする訳にはいかないだろう?」
「ええ。ですので、向こうの制圧はグレリアさんたちにお願いしたいと考えています。貴方がたには少々辛いかも知れませんが、私までここからいなくなってしまえば、アリッカルを失う代わりにジパーニグを得る……という何の意味もない事になりかねないので」
そういう風に言われると、俺も黙ってしまうしかなかった。アリッカルにいたとしても、何かが出来る訳じゃない。それならばいっそ、ジパーニグに行き、地盤を固める方が良いのかも知れない。
「もちろん、投げっぱなしにはしません。こちらでも内政に精通した者を数人ほど同行させます。あちら側に繋がっていないような人材を選ぶつもりですので任せてください」
「そんなことして大丈夫なのか?」
「今は兵力の方が欲しいところですからね。治める町が少ない内は、私でもどうにかなります。ここさえ乗り切る事が出来れば……時間を掛けて統治する事も可能ですから」
「……わかった。出来る限りのことはしよう」
結局、俺はヘンリーに言いくるめられるように納得してしまった。以前の彼ならば信用する事も無かっただろうが……事ここに至ってこちらを裏切り、敵側に付くというのも考えられない。
今は……彼を信じてグランセストを脅威から守るために動くとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます