第294幕 切られる戦いの火蓋
決行当日。俺たちは夜の静かさに紛れ、行動を開始することにした。地上とは違い、外は昼とは別の賑わいを見せてはいたが、敵の基地があるところはやはり一般人が近づかないせいで閑散としていた。
月どころか星の明かりさえないここでは、まるでそこに太陽があるかのように照らされる街灯だけが全てだ。昼間は上に取り付けられた灯りがこの地下の世界を照らしてくれる為、時間の方は割とはっきりとしている。地上での夕暮れなんかも明かりの調節で再現しているのだから、本当に大したものだ。
そのおかげもあってか、地下人も結構朝昼夜の活動がはっきりと分かれていて、喧騒とは全く無縁の時間が出来ている……という訳だ。
「それじゃあ、始めるぞ。二人は誰かが来たらすぐにわかるように慎重に見張ってくれ」
「わかった。頑張ってね」
「任せてください。そちらの方はよろしくお願いします」
周囲の警戒を二人に任せて、俺は目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をして両手をかざして魔方陣を作り始める。
下手なものを構築して失敗する事は許されない。魔方陣が必ず発動する特性を持つ以上、中途半端な事をすれば、どれだけの被害が出るかわかったものじゃないからな。ここは慎重に。自分の魔力を確かめながら、確かめるように構築していく。
「……よし、敵はどうだ?」
「こっちの方は大丈夫よ。一度遠くまで見てきたけど、誰も来なかったわ」
「私の方も問題ありません。そちらは……終わったようですね」
俺の様子を見てヘンリーは少し安堵したような顔を浮かべていた。案を出したのは良いが、実際やってみるまで不安があったのだろう。
「次の基地に行くぞ」
「はい」
「うん!」
魔方陣が正確に光沢されている事を確認した俺たちは、別の基地に向かって全く同じことをする。それを二度繰り返す……のはいいが、流石に常に魔力を奪われ続けるのは身体が怠く感じる。複雑な魔方陣を三つも発動し続けているような状態なんだし、当然と言えば当然なんだが……体が怠いだけで終わるというのは、自分の事ながら大したものだと思う。
現在は三つ目の魔方陣も問題なく構築が終わり、最後の基地に魔方陣を描いている最中。ここだけ『待機』のところを『始動』に変える。こうする事で最初にここが発動し、それから構築した順で魔方陣が発動していくという寸法だ。
俺一人だったらこんな事思いつかなかっただろう。なまじ戦いに長けているせいで、なんでもかんでも正面から物事を解決してしまうからな。
シエラのように最初から無理だと決めて、選択肢から外していただろう。
「……よし。二人とも、準備は終わったぞ。ここから離れよう」
「上手くいくかな?」
まだ魔方陣の常識が崩さないシエラは、走りながら不安そうに呟いていた。
気持ちはわかる。俺だってはっきりとどうなるか確証はないんだから。
「ここまでやったんだ。後は……なんとかなるさ」
「そういう考え方、好きですよ。最早後には陽けないのですから、失敗を気にするより、成功を信じた方がいいです」
ヘンリーの言う通り、ここで失敗したらどうしようなんて悩んでももう遅い。動く前に最悪を考えるのは良いが、一度動いたなら、後は前を向いて突っ走らないとな。
「初めての試みで不安なのはわかる。だが、もう止まることは出来ない。大丈夫だ。俺を信じろ」
「……うん。わかった。グレリアのこと、信じるよ」
ようやく覚悟が決まった目つきをするようになったシエラに胸を撫で下ろしていると、今度はヘンリーが嫌らしい笑みでこっちを見ていた。
「……なんだ?」
「いいえ。ただ、『俺を信じろ』なんて堂々言えるところなど、大したものだと思っただけですよ。私では到底……」
大仰に頭を振るその仕草は苛つくが、どこか寂しそうな光をその目に見てしまって……そのまま黙ることにした。
彼は彼なりに、強さに対して思うところがあるのだろう。それについて口が出せるほど、俺はヘンリーについて何も知らない。
「……行くぞ。いつまでもこの近辺にいるのはあまり良くない」
実際正しく発動されたかどうか確認しなければならないからな。俺たちは黙ったまま最初に魔方陣を構築した基地のところまで戻って、事の行く末を見守ることにした。
「少し、物悲しくなるね。敵とは言っても、今から大勢の人が死んでいくって考えると……」
悲しい目をしたシエラがそんな事をぽつりと呟いていたけど、それは……仕方のない事だ。俺たちがしているのは戦争で、これは被害を最小限に食い止める為なのだから。
このまま野放しにしていたら、間違いなく彼らは魔人の国を焼くだろう。俺たちがやるよりも多くの生き物が犠牲になる。だからこれは正しいんだ……と言うつもりはないけどな。
「……それじゃあ、始めるぞ」
俺たちは、罪を背負うことになってもやらなければならないんだ。少数を犠牲にして、より多くを守るために。
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