第265幕 慢心故の逆転
改めて司と相対した俺は、機を見計らっていた。
ただでさえ今でも隙だらけなのだが、今俺が動いてこいつが気付いても困る。もう少し、引きつけてから行動に移りたいというのが本音だ。
そう、この男が後ろで形成されている魔方陣に気付かないようにしておきたいのだ。
カッシェの方に気を取られている内にこっそり奴の後ろに『神』『雷』『矢』の三つの
彼が司の気を引いていなければ構築することすら出来なかっただろう。それでも手段はあっただろうが、もっと危険な事を強いることになっていただろう。
小細工を弄する事が出来ない俺は、純粋に力や技術で勝負することしか出来ないからな。最悪、カッシェの命を奪うことになってでも一気に決着を付けに行っていただろう。今の状況もあまりよろしくはないが、少なくとも彼は生きている。かなりボロボロにされてしまったが、あれなら命に別条はない。
多少の負い目はあるが、何の気兼ねもなく攻撃することが出来る。
「覚悟はいいか? 司……!」
「覚悟? はっ! お前には俺を倒せねぇよ!」
「随分と自信じゃないか。油断してると、痛い目に合うぞ?」
情報を聞き出すついでに挑発してみたが、司の奴は余計に大きな笑い声を上げていた。今すぐにでも仕留めてやりたい感情を抑える。こういう奴は大体自分の力を自慢したがるもんだからな。
「痛い目? 笑わせるなよ。前の俺とは違う。俺の『時間を止める力』は最強だ!」
粋がる司は予想通り、わざわざ自分の能力について教えてくれた。しかし……瞬間移動させるのではなく、時を止める能力か……。
恐らく範囲はかなり広いのだろう。司自身は動けるはずだから、奴の手に持っている物も動作する。
弾やナイフが直前に迫ってきていたのは、奴の手から離れてその能力の制限を受けたからだと考えれば色々と納得できる。
司の頭が弱かったおかげで、奴の能力が大体把握できた。その上弱点も検討がついたし、後は行動するだけだ。
なにかすれば間違いなく司は時を止めてくるだろう。自分は優位に立ちたいが、あまりリスクは犯したくない……こいつはそういう男だ。一切そういう素振りを見せずに攻撃しなくてはならない。
「司、そういう思い上がりが慢心に繋がるんだよ!」
勢いよく司に向けて手をかざすと、後ろの魔方陣から鋭い雷光が迸り、音を立てて一筋の矢が放たれるそれを皮切りに次々と無数の矢が俺と司の二人を襲ってくる。これを直撃してしまえば、俺も間違いなく死ぬだろう……。それほどの威力を感じさせる白と黄色が入り混じった神雷の矢。
普通ならば足が竦んで
「くっ……くっくっくっ……はーっはっはっ!! 言っただろうが! 俺の能力は最強だってよ!」
司の高笑いも時間が止まることももちろんわかってる。奴は俺の足に銃弾を打ち込んで、その後に遠くへと離脱するつもりだろう。そこまで読めてなお、魔方陣を発動させてるという事に気付かない時点でお前の負けだよ。
奴が目の前からいなくなる前に剣を抜いて『風』の魔方陣を発動させる。
そして……司が消えると同時に風を纏わせた剣を振るい、どこから来るかわからなかった銃弾を防ぐ。同時に司の位置を確認して、魔方陣によって生み出された雷の矢を全く同じ
すぐさま『神』『速』で魔方陣を構築。雷の矢が全て出てしまい、通り過ぎたタイミングを見計らって発動させる。
何もかもを置き去りにするほどの加速。直進するだけなら、他の追随を決して許さない圧倒的な速さ。その代償に掛かる僅かな負荷を感じながら、俺は司の目の前に躍り出た。
「……なっ」
司の顔は驚愕に満ちた色に染まるが奴が散々自慢していた時を止める能力とやらが発動する形跡はない。
推測通り、奴の勇者としての力は、近距離では効果すら発揮できないようだ。慌てて『身体強化』の魔方陣を発動して俺から離れようとしているが、明らかに遅い。
こっちは直線距離なら最速だ。ナイフを抜かずにいた事が完全に裏目に出たな。
もはやなにも迷うことはない。俺は司に剣を振り下ろし……奴は回避し損ねた。
「がぁ……っ! ああああ!!」
地面に座るように倒れて、深々と斬られている胸を抑えていた。憎々しげに俺を睨んで銃口を俺の方に向けている。
なるほど、戦意はまだ失ってないようだな…….!
「グゥレェリィアァァ!!」
怨念を込めて俺の名前を叫びながら撃ってきたが、時を止められたわけじゃない。剣で難なく防いで、銃を持った腕に剣を突き刺して奴の攻撃手段を一つ断つ。
うめきながら痛みに銃を落として残った左手で魔方陣を展開してきたが、それよりも早く『爆』の魔方陣を発動させ、奴の左手ごと魔方陣に爆発と衝撃を与えてやる。
「がぁぁぁぁぁ!! くそ! くそぉぉぉ!」
喚きながら地面を転がる司のことを哀れに思う。もう少し本気で俺の事を殺しに来ていれば、低いなりにも可能性はあったろう。
カッシェの後押しがなかったら、もう少し決断を遅らせていただろう。
せめてこれ以上苦しまずに命を奪う事こそ、俺から司へ与えられる最後の慈悲だ。
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