第257幕 存在を告げる

 ヒュルマを裏から操るロンギルス皇帝の本当の恐ろしさに気付いた俺は、気付けば勢いよく立ち上がり、目の前の女王――ミルティナ・アルランスを見定めようとしていた。


「お兄ちゃん?」

「……どうしました?」


 大臣の方は少しも動揺してなかったけど、アルディは意外そうな顔で俺を見つめていた。

 スパルナはなんとなく俺が何をしたいかわかってくれてるようで、『それでいいの?』と問いかけてくるような顔をしている。


「いや……なんでそんなに女王陛下はお詳しいのかと思いまして」


 結局、何を言おうかと考えて……咄嗟に出た言葉がそれだった。本当は地下都市なんかの……俺が今まで見てきた物について全部話したいと思っていた。だけど、この女王を信じても大丈夫なんだろうか? そんな考えが頭をよぎる。ロンギルス皇帝は戦争の歴史を操っている。それはヒュルマのだけで完結することじゃないはずだ。そして目の前の女王もその事を知っている。

 もしかして……この女王も同じように裏から糸を引いてるんじゃないか? そういう風に考えてしまうのだ。


「貴殿は女王陛下を疑っておいでだと。そう仰るのですね?」

「よせ」


 立ち上がった大臣を片手で制した女王はまっすぐ俺の事を見つめている。心の奥底を覗こうとしているような……そんな目だ。


「私は確かに彼らと関わりを持っていた。しかし、これ以上この国を奴らの玩具にさせるわけにはいかない。遊びで戦争をし、人も魔人も……そして、私も。全てを操ろうとする彼らの好き勝手にさせるわけにはいかない」

「……ロンギルス皇帝は『我らが仕組み、管理している』と言いました。戦争も歴史も全て、彼らの手にある。それはこの国でも同じなのではないですか?」

「今は違う」

「私は何度も甘い言葉に騙されてきました。ジパーニグではクリムホルン王に。グランセストではラグズエルに」


 その言葉に女王は苦い顔をしていた。それだけで彼女がラグズエルと関わりを持っていたかもしれないという疑惑が湧いてくる。


「お主は私を信頼出来ない。そう、言いたいと?」

「……俺は」

「ふふっ、わかっておる。ちょっとした茶目っ気だ。お主の目はそんな風には思っておらんよ。

 信頼したい。確かな証拠が欲しい……。どうだ? 違うか?」


 その通りだ。本当に信じることが出来ないのなら、最初から何も言わなければいい。だけど俺は彼女を疑っているとわかるような事を言った。それはひとえに……いくら騙されても、惑わされても、心を支えてくれる誰かがいた。兄貴だったり、くずはだったり……隣にいるスパルナだったりもした。


「お主もわかってるのだろう? そんな物はありはしないと」

「要は信じるか信じないか……それだけってことか?」


 女王は俺の言葉を否定せず、深く頷いた。それが出来ないから言っているんだけど、彼女の言うこともまた真実だった。

 色々ごちゃごちゃと考える前にまず信じる。誰かに信じて欲しければそうするしかない。


 ……そうだ。もう、それしか方法がないのなら、何も難しいことを考えなくていい。昔のように、もっと単純に考えればいい。

 何かが起きたら? 悪いことになってしまったら? そんな事を考えてたら、もう一歩も前に進むことなんて出来なくなる。だから……俺は全てを話すことにした。


「俺は……あの地下都市を見た。スラヴァグラードと呼ばれたそこは、見たことのない物が沢山あって、彼らは遥かに優れた文明を築いていた。もし、それが五つのヒュルマの国全てにあったとしたら?」

「今以上の兵器がこの国を襲う……そういう事になるな」

「しかしそれは、彼の話が本当ならば、ではないですか? 戦車の話は本当であっても、地下に都市を構えるなどと……」

「いいや、彼らなら十分に有り得る。そして、この国にそれがないということは……」


 それはこの国は、いざという時いつでも切り捨てることが出来るようにしているからだろう。そうじゃなければ、ここにも地下都市が存在するはずだ。そして……女王がそれを知らないはずがない。


「……私もセイルさんの意見は正しいと思いますよ。イギランスの地下都市であれば、私も訪れた事があります。私の世界とほぼ同じ文明レベルを築き、生活水準も一切劣っていない。それがシアロル・イギランスの二国にあり、他の国にないという道理はないでしょう」

「つまり……グランセストのどこから戦車か、それ以上の兵器が出てきてもおかしくない。そういうことだな?」

「そうなりますね」

「なんということだ」


 ヘンリーの言葉が決め手となり、俺の言葉は女王側にも受け入れられたようで……大臣の方も少し顔を青ざめていた。


「狼狽えるな」


 女王は一瞬動揺していたけど、すぐに落ち着きを取り戻した。全てわかっているかのような顔をしているけれど、多分心中は穏やかじゃないだろう。いつどこでなにが飛んでくるかわからない。下手をしたら五つの国全てから同時に攻められる恐れだってある。それなのに、幼い少女の姿をした彼女は、潔いほど堂々としていた。


「話は全て聞き届けた。我らだけでは知ることの出来なかった様々な情報をもたらしてくれた貴殿らに感謝の意を告げたい」

「女王陛下……」

「皆、疲れたであろう。ささやかだが、宿を用意した。ゆっくりと身体を休めてくれ」


 ……こうして、俺たちと女王との謁見は幕を閉じた。本当にこれで良かったのか? という思いはまだ残ってるけど……それでも今できる最善は出来たんじゃないかと……そう、思いたい。

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