第248幕 編み出された一計

 翌日。俺たちはアルディがいるであろう駐留場を訪れると、彼は一人で待ってくれていた。他の兵士たちは既に出陣させていて、戦場になるであろう場所を整えているのだとか。


「私たちを疑っている……そういう事ですか?」

「そう思わせてしまったのなら申し訳ありません。本当は貴方たちを待っていてからの方が良いかとも思ったのですが、よくよく考えたら時間の約束をしていませんでしたので、先に準備する事にしました」


 確かに俺たちは明日会う約束はした。だけど具体的にいつという指定はしなかったし、そうなるのも当然なのかもしれない。


「そんなに疑うほどのことか? 実際アルディの言ってることは正しいだろ?」


 説明を受けても、まだ妙に納得出来てないような顔をしているヘンリーに呆れていると彼は一つ大きなため息を出して逆に信じられないものを見るような視線を向けてきた。


「あのですね。私は仮にもイギランスで勇者をやっていたんですよ? そんな人物が簡単に今まで敵対してきた者を信じることも、信じられる事も出来るわけがない。最早なんの後ろ盾もない私が生きる為にはこうしなければならないというわけですよ」

「……俺はそうは思わないけどなぁ。それじゃあ、両方がずっと疑い続けてきりがない。必要なのは、自分が相手のことを信じる事だと思うぞ」


 自嘲気味に笑っていたヘンリーに、きっと俺は納得できてないような表情を浮かべているだろう。実際そうなんだけどな。

 だって、自分から歩み寄らないと何も始まらないじゃないか。信じてほしいなら、自分がまず信じないといけない。


「どちらの言うことにも一理あります。だからこそ、私は信用しているのですよ。グレファさんの仲間であるという、貴方をね」


 ちらっとアルディはこっちを見て微笑んでいた。なんか自分の事が全面的に認められたような気がして少し照れくさいけど、悪い気はしない。


「それに貴方たちがもたらしてくれた情報のおかげでこうして対策を立てる事も出来ましたからね。お見せいたしますよ。私たちも力押しだけではない。考え、知恵を絞る生き物であるということをね」


 まるで今からいたずらをするかのようなノリでウィンクをしたアルディは、人数分用意されていた馬の一匹に乗って、俺たちを先導するように少し前に出た。それに習って、俺たちも全員馬へと乗り込み、彼の後をついていく。


「ぼく、初めて馬に乗っちゃった。何かに乗るのってこんな感じなんだね」


 スパルナは嬉しそうに器用に馬を乗りこなして先に進んでいる。対して俺はあまり乗るのが上手くなくて、苦戦しながらだけどなんとかついていく。やっぱり乗られてる側の気持ちがわかるというのだろうか……?

 そんな風な事を思いながらアルディが案内してくれるままに進んでいくと、霧が少しずつ立ち込めてきた。


「ここから霧が深くなっていくので、注意してくださいね」


 アルディは気軽に言ってくれるけど、徐々に深くなっていって少し前を行ってるはずのヘンリーやスパルナの姿さえ満足に見えなくなるほどの濃度で普通に見るだけじゃ苦労するとかいう騒ぎじゃない。


「ヘンリー、魔方陣は使えるか?」

「ええ。私もこの世界の裏事情は知ってます。使うことに抵抗はありませんよ」

「でしたら皆さん、『地図』『索敵』の魔方陣を使ってください」


 多分前を行ってるだろうアルディの声に従って魔方陣を展開する。

 スパルナが難しそうにうんうん唸っていたけど、なんとか成功したようだった。手のひらに周囲の地形と、アルディたちの位置を記したものが展開されて、一応これで状況はわかるようになった。


「こんなに霧が出るなんてあり得るのですか?」

「普段はありえませんよ。ですが、今は魔方兵たちに霧をださせているのですよ。どれだけヒュルマの武器が遠距離射撃に優れていても、こうなっては無意味でしょう?」


 どこか楽しそうに語るアルディの言葉には確かに説得力がある。あの武器はきちんと相手を見据えて撃たないといまいち効果を発揮できない。今の『地図』『索敵』の魔方陣を使いながらすれば視界が悪い不利を消すことも出来るけど、ヒュルマがそれを出来るとは思えない。

 ……あの地下都市の技術で強化するのだったら、また違うかもしれないが。


 ゴーレムはあくまで『自身に直接当たる攻撃魔法・魔方陣を吸収する』のであって『それ以外に作用する魔力』に関しては吸収されることはない。


「しかし、こうなっては貴方がたも条件は同じなのでは? 全員がこの魔方陣を使えるとは限らないでしょう?」

「ふふっ、確かに常に魔力を消費するこれをチェックしながら戦う真似は中々出来ません……が、使えないわけではないのですよ」


 今から起こる出来事を思い浮かべるように楽しげな様子が伝わってくるけど、アルディには他にも色々策があるようだった。


「残る脅威はゴーレムということになりますね」

「ふふっ、攻撃が効かないゴーレム。その程度で私たち銀狼騎士団がなんとか出来るかと思ったら大間違いですよ。それよりも、そろそろ付きますよ」


 慎重に馬で進んでいくと、やがて開けた場所へと辿り着いて……そこだけ霧が晴らしているようで、様々な魔人の兵士たちが今から起こる戦いに向けての準備をしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る