第241幕 無慈悲な戦い

『気を付けろ! このゴーレムは攻撃系の魔方陣を吸収する!』


 俺はすぐさま『拡声』の起動式マジックコードで魔方陣を構築し、指揮官であるシグゼスへと情報を流した。

 あえて『攻撃系』と断言したのは、今使った魔方陣と姿を消す魔方陣はしっかりと発動していたからだ。


 恐らく、対象に向けて発動するタイプは全て吸い取ってしまうだろう。こうなっては魔人の優位性は皆無に等しい。


「この、逃げるなぁ!」


 一人のヒュルマの兵士が俺に向かって叫び声を上げながら銃撃を続けてるけど、敵の攻撃を避けない道理がない。

 さっさと詰め寄って、『炎』『刃』で構築した魔方陣を右の手のひらに発動させて、叫んだ兵士の喉元にかざす。


 手のひらの大きさの刃の形をした炎が深々と突き刺さり、いとも容易くその命を散らした。

 どうやら兵士に向かって魔方陣を発動しても問題ないようだ。


 ただ、近距離での攻撃に限られるだろうし、ゴーレムが近くにいたら恐らく吸収されてしまう。


「厄介な物を連れて来たな……」


 思わず舌打ちをして忌々しげにゴーレムを見た。

 軍隊で来ている以上、どう考えても俺一人で対処出来る状況じゃない。ざっと見た感じでも三十は軽く超えてるし、それらを上手く誘導して、こちらに引きつけるというのも現実的じゃない。


 そうこうしているうちにシアロル・グランセストの両軍が本格的にぶつかりだし、ゴーレムもその力を存分に奮い出した。


「くそっ、こんな……!」


 目の前の状況にそんな声を漏らしたのは魔方兵の一人。


 彼らは魔方陣の扱いや魔力量が他の兵士より秀でているからこそ、それに対して誇りを持っている。

 それはゴーレムによって容易に打ち砕かれ……残っているのは普段は使わない己の身一つ。慣れない戦闘を強いられているのだから仕方がないだろう。


 俺も出来る限りゴーレムの方を相手取っているのだけど、見かけの割に動きが早い。

 おまけにどんな金属が使われているのかは知らないが、いくら斬っても傷一つ付かないのだ。


 ――これの攻略法はやはり……。


 俺は左の手のひらで『神』『氷』の起動式マジックコードを構築して、大きくなりすぎないように圧縮しながら魔力を込めていく。


 いつも以上に魔力を消費していくのを感じながら、上手く収まるサイズで発動すると……行き場を得られない力が丸く形をとって、青色の球体となって俺の手のひらに留まる。いつでもそこから力が溢れ出て爆発しそうになるのをなんとか抑え込み、ゴーレムに向かって駆け出した。


「喰らえ……!」


 俺が迫ってくるのを見たゴーレムはその大きな腕を振り上げて応戦してくる。

 結構な速さで襲いかかってくる拳を最小限の動きでギリギリかわしていきながらゴーレムの懐に潜り込んで、今にも溢れようとしている魔力の塊を思いっきりぶつけてやる。


 その瞬間、当たった場所からとてつもない冷気が漏れ出していくのだけど、周囲に拡散していくはずのそれらをゴーレムは全て吸収していく。


 ――この魔方陣でも駄目なのか?


 一瞬そう思ったのだけれど、魔力を吸い取っていたゴーレムの様子が変化していくのが見えた。少しずつ身体が凍っていくのがわかる。

 それはやがて全身に行き渡り、完全に凍りついたゴーレムはそのまま無残に砕け散ってしまった。


 その様子を見て確信する。やはりいくら魔力を吸収すると言っても限度があり、俺の『神』を用いた魔方陣なら、その枠組みを飛び越えてゴーレムを破壊することが出来るだろうということだ。

 完全に対処出来ないわけではない。他の魔方陣でも威力を集中させれば倒せるかもしれない……そんな希望が灯っていくのを感じる。だけど――


「た、助けてくれぇぇっ!」


 俺が一体のゴーレムを粉々にしている間に他の兵士たちが翻弄され、シアロルの兵士たちの銃撃にその命を奪われていく。

 明らかに士気が下がっているこちらとゴーレムという心の支えで常に一定の士気がある敵軍。もはやどちらに戦況が傾いてるか明らかだった。


『総員後退! 銀狼騎士団員以外は後退せよ!』


 シグゼスはこちらが圧倒的に不利になったと感じた瞬間、迷うことなく後退を指示した。

 恐らくこの命令の意図は……これ以上は余計な犠牲になるから、騎士団員だけで戦えということだろう。


 その予想通り、俺以外の騎士団員が全員集まって来ていた。


「グレファこのヤロー! 中々やるじゃねぇか!」


 笑いながらこっちに歩み寄ってくるカッシェには兵士たちが見せていた悲壮感が全くない。というかむしろワクワクしているようにすら見える。


「全員揃ったな」


 なぜか軍の指揮官であるシグゼスまでこちらにやって来ていたことに疑問が湧き上がるが、その答えはすぐに彼自身が出してくれた。


「ゴーレムは私とグレファが担当する。お前たち三人は兵士どもを倒せ。出来るな?」

「甘く見ないでくださいよ! どんな武器持って来ようと、ヒュルマに遅れを取るほどヤワじゃないですから」

「当然」


 自信満々に笑ってるカッシェとそれに同調するロンド。

 シグゼスはそれにうんうんと頷いて俺の方を見る。


「行くぞ。私たちの底力、ヒュルマに見せてやろうではないか」


 俺の方はこの状況……むしろありがたく感じている。

 今回の戦いで一番の懸念は、俺が扱う『神』の起動式マジックコードは広範囲になりがちで、味方が多いほど使い辛くなるからな。


「先陣はこちらが切りますよ」

「頼む。ああ、それと……私は貴様を同志と認めている。話しやすいように話せ」

「わかり……いや、わかった」


 だからこそ、薄く笑っているシグゼスに向かって笑みを返して、魔方陣を構築する。

 無慈悲な程に強力なゴーレムも……これで打ち砕く。


 俺の魂の一撃で……!

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