第238幕 グランセストの被害状況
「グレファくーん!」
俺に気付いたエセルカが、ぶんぶんと手を振ってここにいるとアピールしてきた。
駆け寄ってきた彼女は、俺の今の様子を見て驚いた様子で火傷した身体を舐めるように見てくる。
「どうしたの? その怪我……」
「……ああ、名誉の勲章ってやつだ」
俺……というより吉田の、が付くけどな。
エセルカはもっと聞きたそうな顔をしていたけど、俺の方もこれ以上吉田について何かを言うつもりは全く無かった。
正直、彼の事を今教えたらいずれ大変なことになるような……そんな気がしたからだ。
「それよりここの指揮官は誰だ?」
「シグゼスさんだよ」
「……彼か」
正直、俺はシグゼスの事が苦手だ。女王陛下を愛してる……という点じゃなくて、それが周囲に迷惑をかけているような点が、だ。
いや、流石に今の状況でそういうことはしてないだろうが……。
こうなっては仕方がない。合流してそれでおしまいに出来るようなことでもないし、会いにいくしかないだろう。
「エセルカ、シグゼスのところに案内してくれないか?」
「いいけど……大丈夫?」
彼女は俺が騎士団としての洗礼を受けた後のシグゼスとのやり取りを知っている。だからこそ、心配しているのだろう。
「こんな緊急事態であの時のことを掘り返すようなことをしてるようだったら、それまでの男ってわけだ」
「ん、わかった」
エセルカはこくこくと頷いて手を握って引っ張るように案内してくれる。
「えへへ、いいよね?」
「ああ。偶には、な」
そういえばこういう事するのも随分久しぶりなような気がする。
銀狼騎士団に入って以降こういったやり取りもあまりなかったから、彼女の方も結構我慢してくれたんだと思う。
……その分、別の方に迷惑がかかってなきゃいいんだけどな。
――
肝心のシグゼスは軍の中央にいるようで、今も忙しそうに兵士たちに指示を出していた。
ある程度仕事を終えたのだろう。周囲にいた兵士がある程度いなくなってきた時に、ようやくこっちの存在に気付いたように歩いてきた。
「誰かと思えば貴様か! 先程の戦闘、見事であった!」
「ええ、どうもありがとうございます」
俺の助けに入ったのがよほど嬉しかったのか、意気揚々と近づいてきて両肩をばしんと抑えるように叩いてきた。
それを見たエセルカが睨むような視線をシグゼスに向けている。
「貴様があれほどの力を隠し持っているとは……なるほど、その自信があの時の不遜な発言を引き出したというのであれば納得もいく。もう少し早く駆けつけてくれていればとも思うが、イギランスの偵察からこれほどの早さで戻ってきてくれたのだ。感謝の言葉しかない。ありがとう」
目の前の男がこんなにも素直な言葉を口にするのが意外だったからか、思わず驚いてしまった。
なんというか、認めないという感じの発言が飛び出るかと思っていたから尚更だ。
「ん? どうした?」
「いや、意外だと思いましてね。もっと色々と文句を言われるかと……」
シグゼスは俺の様子に気付いたようで、手を離しながら首を傾げていた。
だから今思ってることを素直に打ち明けると、彼は苦笑しながらやれやれと言うかのようなポーズを取っていた。
「確かに私は貴様の事をあまり良くは思っていない。だが、それとこれとは全くの別だ。
騎士団員である以上、我々は感情の有無問わず同志なのだ。それだけはどんな事があったとしても履き違えてはならないのだ」
胸に手を当ててなにかに敬意を払っているような態度を取っているが、彼のその志は立派だと思った。
多かれ少なかれ、知性がある限り感情に左右されてしまう。それを理性でコントロールすることは中々出来ない。俺にだって難しいものだ。
「貴方のことを少し誤解していたようです」
「はっはっはっ、そうだろうな。私も、思い違いしていた。あの魔方陣のおかげで本当に助かった。
失った命もあるが、それ以上に救われた者もいる。今後も貴様の活躍には期待しているぞ」
「ありがとうございます。ところで……これからどうするんですか?」
お礼を言われるのも悪くはないが、元々聞きたかったのは今後どうするかだ。
シグゼスは考え込むように腕を組んで、悩むような素振りをしていた。
「難しいな。兵士たちの中には貴様の使う強力な魔方陣を駆使して追い立ててはどうか? という考えを持っている者も多い。しかし、私は一時撤退すべきだと考えている。あれだけの魔方陣を構築するのに、だれだけの魔力を消費するか……。
それとその傷、普通に動けてはいるようだから先程は触れなかったが、大分辛いのであろう?」
……なるほど。お見通しという訳か。
俺の方もあまり頼りにされるのは辛い。今はゆっくりと休みたいのが本音だ。
「シグゼスの意見に賛同しますよ。俺もそんなに万能じゃないですから」
「だろうな。一応そのように動いていたが、貴様のおかげで確信が持てた。まだ撤退準備も整っていないが、休んでいてくれ。
……だが、女にうつつを抜かすのはいかんぞ?」
「えー」
「わかってますよ。エセルカも『えー』じゃなくて、行くぞ」
俺とエセルカが手を繋いでるのを見て意味深な笑みを浮かべていたけど、これ以上痛くない腹を突かれるのも嫌だから、大人しく休憩するようにした。
なんだかんだ言ってもきちんとした判断が出来る人物で良かった。
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