第236幕 倒れることのない戦士

 爆発に巻き込まれた俺は、皮膚が焼かれ、爆風で吹き飛ばされた上に身体をしこたま打ちつけてしまった。

 それでも決して倒れず、なんとか膝をつく形で体勢を維持することが出来た。

 自分の魔方陣と吉田の魔法の二つの余波を同時に受けただけあって、結構な傷と火傷を負ってしまった。ざっと見、普通の者ならしばらくは安静にしておかなければならないくらいだろう。


 爆風と炎。さらにそれで撒き散らされていた風と音が止み、周囲が徐々に晴れていく。

 そこで見たのは同じように膝をついている吉田の姿だった。恐らく、彼は魔力の大半を使い果たしてしまったのだろう。今にも倒れそうな様子で驚愕の表情を浮かべていた。


「ば、馬鹿な……! 私の、渾身の魔法を受けきった……だと……!?」


 あの魔法に自身の全てを賭けていたのだろう。信じられないと身体を震わせ、首を微かに左右に振っている。

 周囲の兵士たちも吉田の勝利を確信していたのだろう。同じような動揺が広がっていき、その視線の中心には俺がいる……といった形になっている。


「『増幅』の浄化陣を六つも重ねた『バーンシールド』を使ったのだぞ……? それが……!」


 なるほど。あの尋常じゃない威力は複数の『増幅』で威力を底上げして生み出されたものというわけか。

 しかし、無謀な事をしたものだ。確かに普通に魔力を込め続けるよりも『増幅』を用いた方が凄まじい火力を出してくれる。

 しかしその分魔力の消費も激しい。吉田が辛うじて意識を保っているのが不思議なくらいだ。

 恐らく、彼はヒュルマの中でもかなり魔力が高いのだろう。そうでなければあんな威力の魔法を放つことが出来る盾なんて持たされる訳がない。


 これでわかったことがある。浄化陣というのは多分ではあるが、魔方陣の別の呼び方だろう。

 魔人の使う魔方陣は邪悪なものだとされている以上、なにか都合の良い言い回しが必要だったのかもしれない。

 それに加えて道具に魔方陣を刻む事で直接使うことによる忌避感を避けている面もあるのだろう。


 中々考えられたものだけれど、こっちとしては気分が悪い。

 火傷などの痛みを気にすることなく立ち上がり、剣を持って少しずつ吉田に近づく。

 対する彼はそれに応戦しようとするのだけれど……魔力の使いすぎによる反動を今正に受けているのだろう。立とうとする身体はそれを拒否し、逆に倒れ込みそうになるのをなんとか剣で支えるというのがやっとだ。


「くっ……こ、まで……魔力を、消費……とは……」


 上手く言葉すら回らないのだろう。吉田はとうとう地面に手をついて、こちらを見ていた。

 それに対して少しずつ近づいて来る俺に立ちふさがるように数人の兵士たちが吉田の前にたって剣を抜いてきた。


「やらせん……! 貴様なんぞに、我らが指揮官殿をやらせはせんぞ!」


 代表として一人が前に出て、剣を構えながら恐怖を振り切るように叫びを上げた。

 俺と吉田の戦いを間近に見て、勝算が全く無いことを理解できているだろうに。それでも己の指揮官を守るために立ち塞がる彼らは、当時の吉田が引き連れていた手下どもとは違う……真の部下だった。


 しばらく向かい合った俺は……自然を剣を鞘に収めていた。


「ど、どういうつもりだ……!?」

「吉田。いい部下を持ったな。お前を倒そうとしたら、兵士たちは自分の命を賭けてでもお前を守るだろう。

 それに免じて……グランセストへの侵攻をやめるのだったら、これ以上戦闘行為はしない。どうする?」


 散々敵兵を蹴散らしてきた俺が言うのも何だが、吉田を思う兵士たちの想いに当てられたか……気づけばそんな事を口にしていた。

 ……いや、俺は願ってしまったのかもしれない。これだけ高潔な精神を持つ者たちがあんな非道を行うわけがない。なにかの間違いだと。


「……後悔するぞ? この場で仕留めておけば良かったと」

「後悔させてくれるお前で居続けてくれれば、それだけこの場を収めた甲斐があったというもんだ」


 兵士たちの殺気の中、俺と吉田はどこか気軽な感じで話し合う。

 吉田もどこか気の抜けた笑いを見せ、完全に倒れ伏しそうになったところを兵士たちに抱えられてしまった。


「……お前たち。撤退だ。全軍に告げろ」

「で、ですが!?」

「あの攻撃で平然と立っているような奴、これ以上戦える訳ないだろ! 向こうが見逃してくれるっていうんだ。ここは素直に応じておけ!」

「……はっ!」


 近く兵士たちが慌ただしく伝令のために動いていく中、吉田は兵士に支えられながらよろよろとこっちにやってきていた。


「……貸しだとは思わないぞ」

「はっ、そんなつもりもないさ」


 それだけ交わして、吉田は通り過ぎていった。

 俺はジパーニグの軍勢が通り過ぎるのを見送り……完全に視界から消えたのを見届けた後に先へと進んだ。

 また完全に脅威が消えた訳じゃない。ジパーニグは撤退しても、まだアリッカルの軍が残っている。


 どうにも後手に回ってしまってることが多いが、そんな事を考えている場合じゃない。

 今はただ……行動あるのみだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る