第234幕 記憶を残した男

「アルフォンス・吉田……」

「ほう? その調子だと、思い出したようだな」


 兵士たちを全員後ろに下がらせ、吉田一人が俺の元にゆっくりと近づいてくる。

 彼の姿を確かめるように改めて見ると、あの幼い頃の調子に乗った貴族の子息と確かに重なる。

 他の兵士たちと違って少々見栄えの良い鎧を着ていて、左手に丸い盾を装着している。


 言われなければ思い出せないほど昔の男だったが、口にすればはっきりと思い出す事が出来る程には印象が強い男だ。

 しかしこんな風にしっかりとした――人を率いるような性格の男ではなかったはずだ。

 どちらかと言うと手下を引き連れているような輩だったと思ったのだが……月日は人を変えるという事か。


「それで……なぜわざわざ話し合いをする? お前らにとって、俺は決して相容れないアンヒュルだろう?」


 ヒュルマの側であるそちらが戦闘行為を止める理由はないはずだ……そう言うかのように疑いと警戒の視線を向けると、吉田は楽しそうに笑った。


「何を言うかと思えば……。貴様と私の仲ではないか」


 仲と呼ぶほどの関係ではなかったはずだが、彼の頭の中ではあの時の出来事が美化されてるのか?

 疑問に思う事は多々あるが、一番不思議なのはなんで吉田の記憶が残っているのか? ということだ。


 エセルカから聞いた話では、俺たちはあのジパーニグにいなかった事になっているはずだ。

 両親ですら、今は名前を覚えてないのだから、当然学園の連中も全員が俺たちの事を忘れているはずだ。

 それなのになぜ目の前の男は俺の事を覚えているのか? それが不思議で仕方がなかった。


「仲、ねぇ……。いきなり攻めてきた敵に対して、という理由としてはちょっと弱いんじゃないか?」

「はっはっはっ、ここでお前に暴れられたら更に被害が増える。よくもここまで兵士たちを殺したもんだ。一体何が目的だ?」

「それはこっちのセリフだ。よくもあんな酷いことをしたな。女も子供も……全てを皆殺しにするのがお前らのやり方か」


 追求するように鋭く睨むと……吉田は一体何を言っているんだ? というような顔をしていた。

 が、すぐに深い笑みを浮かべ、大げさな態度で肩を竦めた。


「何を言うかと思えば……ヒュルマとアンヒュルは互いに敵同士。だが、戦いに対する礼儀はわきまえてるつもりだ……と言ってもお前が聞くかわからん。

 ならばこうしようではないか。私と貴様の一対一で戦い、貴様が勝てばここから撤退しよう」

「……お前にならそれが出来るとでも?」

「これ以上被害が出るよりはマシだ。これだけの被害を与えられて、この状況まで持ち込んだのであれば言い訳も立つ。国の軍を預かる者としてここで全滅寸前まで追いやられるわけにはいかない」


 真剣味のあるその表情は、男の顔つきをしていた。

 確かに、ここで軍を壊滅させられるよりは自分の身一つで挑んだほうが被害は少ないだろう。

 現時点でもかなりの損害を与えてるはずだから、最悪言い訳することも出来るということか。


 少しの間、腕を組んで考え込んでしまったが、結局それを引き受けることにした。


「……いいだろう。そちらがそれでいいのであれば、こちらも異存はない」

「よし。聞いてのとおりだ! これからの指揮は私が取る! この男との戦いは……私が全てを引き受ける!」


 吉田が剣を抜いて頭上に掲げると、兵士たちの方からも歓声が響き渡る。

 そのまま俺の方に切っ先を向け、にやりと挑戦的な笑みを浮かべた。


「久しぶりだな。昔はバカな事をしてお前と戦うことになったが……今回は違う。俺も兵士たちの生命を背負って戦う。一筋縄ではいかんぞ?」

「ふっふふ、そのとおりだな。だが、それは俺も同じだ。お前たちが散らせた生命。そして今もなお生き抜こうとしている魂の数だけ、覚悟を背負っている」


 背中に色んな物を背負っているのはお前だけじゃない。確かに吉田も大分成長したのだろう。

 しかし……あのような事をしでかした責任は必ず取ってもらう。そのために俺はここまでやってきたのだから。


 兵士たちが俺たちが動きやすいように……また、戦いを見守るように周りを囲み、吉田の勝利を祈っているようだった。


「本当に懐かしい。あのときは為すすべもなくやられたが……」

「今回は食らいついてみせる。そういうわけか?」

「……ああ。そういえばグレリア。なんで私がお前の事を覚えてるか知ってるか?」

「……いいや、俺には皆目検討もつかないな」

「だろうな。それは簡単なことだ」


 吉田がゆっくりと後ろに下り、俺の方を向いて構える。


「私が、多かれ少なかれお前の事に勝ちたいと思っているからだよ。愚かな自分が招いたこととはいえ、あのとき受けた屈辱……今ここで晴らさせてもらう」

「はっ、ははっ」


 なるほど、どれだけ年月が経ってもやっぱりお前はアルフォンス・吉田だな。だが、昔のお前より今のお前の方が俺は好きだ。

 あの時の彼が今のような感じだったなら……もしかしたら友達になれていたかもしれない。そう思えてくるほど、その姿は勇ましかった。

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