第199幕 旅立ちの日

 それから俺は資料室で少しでも手がかりになりそうなものがないかと片っ端から読み耽ることにした。

 幸いにも飲み水はあるし、食べ物はそこらへんの動物を狩ればいいし、保存食はまだ底をついていない。

 最低限の食事さえ出来ればどうとでもなる。


 そんなわけで可能な限り読めそうなものを探したのだけれど……大体がこの世界で使われているような文字じゃなくて、全く知らない文字だ。

 それも見る限り複数の文字が使われていて、全てを知らなければ中途半端にしかわからないようになっている。


 一種の暗号化、というものだろうか。

 だけど、それのおかげで俺の知る文字も含まれていて、辛うじて読める部分も存在する。

 そこには『ロストエデン計画』と書かれていたり、『シアロル』に関する文がちらほらと見える。


 もちろんナッチャイスやイギランスなんかの国も見えるのだけれど……それ以上に目につくのはそのシアロルだ。

 そこに関する前後の文がやたら長く、一層複雑に構築されている。


 主要だと思える文には特にそういう風に暗号化されていて……だからこそ、ここが要なんだと思える何かを感じさせてくれる。


「お兄ちゃーん! ごはんだよー!」

「……ああ、すぐ行くよ」


 スパルナはあれから貪欲に自分の出来ること、やれることを取り込んで、ちょっと前までは人の姿で上手く飛ぶことができなかったのに、今では随分と上達していた。

 空を飛びながら武器を使うことにも慣れて、動物を狩ってきたり、植物を採取したりは主に彼の仕事になっていた。


 下の方に降りると、肉の入ったスープを皿に盛って準備をしてくれていた。

 調味料なんてものは持ってきてないから、自然と素材本来の味のみの単純なものだけど……まあ、今は贅沢言ってられない。


「ね、それでどうするの?」


 自分が作ったスープをうまそうに食べているスパルナは、いい加減ここに飽きたと言うかのような顔で、今後どうするのか聞いてきた。


「そろそろ他のところに行こうと思う……だけれど」


 ちらっと俺はスパルナの方に視線を向ける。

 今後の方針は大体決まった。


 だけど問題はこの子の存在だ。

 俺としては連れていきたいのだけれど……今の状態だと少し難しい。


 翼は大きめのマントを羽織ればなんとか出来るだろうが、問題は下――端的に言えば彼の鳥の足だ。

 これで靴を履いたとしてもごまかすのは難しい。


「ん、もしかして、この足が気になる?」


 そんな俺の視線の先に気付いたのか、スパルナは自分の右足を掲げるように上げて、右手にある魔方陣を展開した。

 すると右足が強く光りだして――それが収まると、スパルナの右足は普通の人の足に変化していた。


「……変えられたのか?」

「魔力の扱いも少し慣れたからね。

 でも翼はどうしても隠せないし、足を変化させるのってすごく疲れるんだ」


 人の足をぷらぷらさせながらため息をついてるスパルナの顔には、たしかに疲労の色が強く見えた。

 スパルナの本体は鳥の姿で、今の姿は魔方陣と魔力で変えているだけだ。


 だからこそ行動に支障がない足はそのままにしていたようだけれど……それ以外にも完全に人の姿を取るのは彼にはきついことなんだと思う。

 魔力っていうのは使って回復してを繰り返せば自然と強くなっていく。

 要は鍛えれば成長する筋肉みたいなものだ。


 スパルナに必要なのは恐らくそういう訓練する時間だろう。

 そして……俺にも。


「一度町に帰って念入りに準備しようと思う」

「準備?」

「ああ。修行のな」


 俺が行くべき先は恐らくシアロルだろう。

 あの数々の読み取れない本の中からわずかに知ったこと――それは間違いなくシアロルに何かがある、ということだった。


 こと軍事力において、追随を許さないシアロル帝国。

 あそこに行くのであれば、勇者であるヘルガとも再び相対することになるだろう。

 そして、恐らくラグズエルとも。


「今の俺じゃ何もかも足りない。

 もっと……もっと、自分を磨いて鍛えて生命いのちの限りを尽くして力をつけないといけないんだ」


 その間にラグズエルが襲ってくるならそれでもいい。

 今俺やスパルナに必要なのは自らを鍛える時間だ。


 ……いや、昔も今も俺は鍛えてばかりのような気がするけどな。


 スパルナもその事は十分理解してくれていたようで、神妙な顔で頷いていた。


「そうだね。

 ぼくも今より力をつけないとちょっと疲れるかもね。

 それに……この姿をくれた、お兄ちゃんの助けになりたいし」

「いいのか? 俺の戦いは……多分お前が思ってるよりずっと過酷になる。

 お前だけは、ある程度力をつけたらもう一度人として暮らしていけるはずだ」


 その問いかけにスパルナは不満そうな顔をして、じとっとした視線を俺に向けてきた。


「お兄ちゃんはぼくの事が邪魔なの?」

「そういうわけじゃなくてなぁ……」

「だったらぼくも連れて行って!

 お兄ちゃんの役に立ちたいんだ!」


 真摯に俺のことを見つめているスパルナの眼差しに気まずさを感じた俺は、思わず視線を背けてしまう。


 ……が、いつまでもこのままというわけにはいかない。

 仕方ない、と一つため息をついた俺は、出来るだけ真剣味のある表情で彼を見据える。


「俺と来るってことは、人や魔人と戦わなければならないかもしれない。

 お前の手を血で染める事になるかもしれない……それでも、構わないんだな?」

「いいよ。そんなの今更だし。

 お兄ちゃんはぼくの命の恩人だからさ」


 どこか寂しげに笑うスパルナは少し冷めたスープを食べ始めた。

 俺の方もこれ以上冷めないようにさっさと食べてしまい……荷物をまとめて外に出る。


 ――新しい場所で研鑽けんさんを積み、シアロル帝国に向かうために。

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