第198幕 鳥の人
「うぅ……なんだか窮屈だなぁ……」
建物の中を探し、なんとか彼に合う服を見つけ出し、着せてやったんだけど……すごく不満そうな目でこちらを見ている。
ちなみに背中の方は翼がどうしても窮屈になってしまうから、今は大きめに穴を開けることで対処することにした。
ズボンになりえそうなものは存在しなかったから、スカートのようなものを履いてるけど……案外似合ってるし、女装しても違和感ないな。
「仕方ないだろ。そうしないと俺が落ち着かない」
「……わかるけど、ぼくはやっぱり――」
「そういえば俺はどのくらい眠ってた?」
裸の方がいい、と言いそうな彼の話を強引に終わらせ、どのくらい時間が経っているのかを聞くことにした。
話を逸らす……という目的もあったけれど、それ以上にあの魔方陣の尋常じゃない魔力の消費があったからだ。
「もうっ! ……ちょうど二日間、ずっと眠ってたよ。
ぼく、何度も呼びかけたんだけど中々起きなくて……」
少年はしばらく頬を膨らませて抗議してきたけど、やがてその頬の空気を抜くようにため息を一つつくと、説明してくれた。
肉体と精神が疲弊し、気絶するほどの疲労を感じたのだから……とも思っていたけど、まさか二日も気を失ってたとは……。
ラグズエルの拠点で目を覚ましたときよりは短いにせよ、通りで嫌に喉が乾いてるわけだ。
というか――その間、彼は裸でいたのか。
目の前で腰に手を当てて不満そうにしている少年が男で本当に良かった。
これで女の子だったら色々と不味すぎる。
「なにか違和感はないか? 身体がおかしいとか……」
「んー……服が窮屈に感じる以外、特にないかなぁ。
お兄ちゃんにもらった足も翼も、前よりずっと良い感じ」
俺の視線がその鳥のような足と真っ赤な翼に向くと、彼は気にしないでくれというかのような顔をしていた。
「……ぼくはお兄ちゃんのおかげで自由な翼を手に入れることができたんだ。
あの地の底からこんな大きくて広い空を、ぼくはなんのしがらみもなく飛べる。
これもお兄ちゃんのおかげだよ」
「そうか……良かった」
「それで、お兄ちゃんにお願いがあるんだけど……」
もじもじとなにか気恥ずかしそうにしている彼は告白寸前の少女みたいだ。
結構つぎはぎの服だからどこか貧しい生まれのようにも思える。
それにしてもお願い……というのはなんだろう?
「言ってみろ。俺に出来ることなら何でもしてやるよ」
「ぼくに、新しい名前をつけてほしいんだ。
もちろん、アシュロンって名前も大切だよ。
エズディやガウレアやシュトルも……みんな大切なぼくの一部だ」
左手で胸の服を握りしめ、右腕から手にかけて慈しむように視線を向ける彼は、心底大切なものを見る目をしていた。
彼がそれをどんな思いで見つめているのか、俺にはおおよそ理解が及ばないだろう。
住んでいた世界も、生きていた場所も違う。
彼が苦しんでいた頃、俺は少なくとも楽しく暮らしていただろうから……。
そんな彼が俺に名前をつけてほしい、というのなら、俺はそれに応えるべきだろう。
俺は少年に近づいて、片膝をついてそっと彼の右手に自分の両手を重ねた。
「なら、これからはスパルナと名乗ると良い」
「スパルナ……」
それは遥か昔、この世界にいたとされる大きな鳥の名前だった。
美しい深紅の翼を持つその鳥は既に存在しないが、同じように赤い翼を持つ彼には相応しい名前だと、俺は思ったのだ。
「ありがとう! お兄ちゃん!」
少年――スパルナは大切なものを抱え込むように両手を握りしめて、笑っていた。
その笑顔を見るだけで……俺は、なぜか救われたような気がした。
――
それから俺たちはたわいない話をして、食事もそこそこにスパルナの案内を受けて一つの部屋へと辿り着いた。
そこは一番上の……更に天井を開けた場所で、ちょうどそこに隙間が開いていたのを見つけたのだとか。
「ここが……」
「うん。お兄ちゃんが気を失ってるときに見つけたんだ」
そこには様々な本や資料がひしめき合っていて、少しかび臭く感じる。
こんな場所があるなんて気づきもしなかった。
「ぼく、文字なんて見たこともないからわかんないけど……お兄ちゃんの役に立てるといいんだけど……」
一つの本を手にとって眺めてみるけど……駄目だ。
これは俺たちの知っている文字じゃない。
魔人の国ですらこんな形態の文字を見たことがなかった。
見方を変えるなら、そんな連中がここに潜んでいたという証拠になるだろうが……。
「……どう?」
きらきらと輝くような目で俺の事を見ているスパルナに対して、あまり役に立たなかったとは言いづらく、少し視線を逸らして本をぱたんと閉じる。
「ああ。少なくとも、俺が知りたいことはわかりそうだよ。
ありがとうな」
「……えへへ」
スパルナの頭に手を乗せ、優しく撫でると彼は嬉しそうに笑ってくれた。
ラグズエルの手がかりは手に入らなかったけど……ここに来たのは無駄じゃなかった。
そう思えたのも、スパルナのおかげだ。
もしかしたら、今までの旅もこうして彼に会うためなのかもしれない……そう思えるほどだ。
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